2006-11-09 内藤礼×中沢新一“話と対話”
内藤礼×中沢新一“話と対話”10月28日2時より、佐久島弁天サロンにて
を聞きに、朝4時に起きて、電車で佐久島へ向かう
11時30分の渡船で行こうと思っていたが、3分の乗継ぎを逃して、
1時半の便で、着いたら即弁天サロンへ、内藤さんに会う、
部屋は小さくて、定員50人ということだったが、廊下とかも使えば、
もっと人は入れただろう、来たかった人多かったはずだ、
それでも、野外作品の観賞のことを考えると、あれぐらいの人数が限界とも思える
最初、中沢新一が一人で話す、
聞いていると、それは違うんじゃないか、と突っ込みたくなる、
がイベントの最後まで観客の意見を聞く時間は設けられなかった、
なんとも、中沢新一には権威的な感じがする
西洋の芸術は自然や環境から切り離されたところで成立していて、
日本には明治まで芸術の概念はなく、あくまで職人だから、
自然や雇い主の意見に制限されるが、それと折り合いをつけることで成立している、という
西洋の芸術が自然や環境から切り離されて成立しているなんて、まったくよく言えたものだ、
本当にすぐれた表現(芸術)が自然や環境から切り離されて存在するわけはない、
それは西洋、東洋なんて関係がない、
むしろ日本の表現のほうが、形式的、抽象的であって、
中国の山水画と日本の水墨画や中国の仏像と日本の仏像を比べると、
中国は自然から学ぶリアリティがあって、日本のは中国の模倣や抽象的な平面的な表現が見える、
それでも、「松林図屏風」や「秋冬山水図」が自然から生まれ、それを超越するかのように存在しているのは、すぐれた表現(芸術)が日本にもあったということだ、
しかしそれが芸術というくくりで呼ばれることがなかったのはなぜかということのほうが、問題だと思う、
実際中沢新一も、北斎のようなすぐれた芸術家という呼び方をして、しかし絵師だったという、
つまり現在の芸術という見方でみれば、日本にも芸術はあった、しかしそう呼ばれなかった、ということで、アートに訳として芸術と言う言葉が誕生した瞬間、
日本においての芸術という言葉の内容が掬いあげられた、
それはやっぱり西洋のものとは、少し違う、それは豊かな自然や湿度、地震、島国などの環境から生まれるものだろう、
ヨーロッパにおいては印象派やルネッサンス以後の表現など自然は師だという感じがする、
というか、自然や環境から切り離されて、表現が成立するわけがない、
ラスコ−の壁画を例に出したが、牛の表現など、環境から生まれているんじゃないか、と聞くが、
なんか三層くらいになっていて、暗闇から生まれた光があるらしい、それは見てみたい、
その感じ、水煙型縄文土器に感じたもの、抗自然的なイメージにもつながるのかもしれない、
だから、西洋、日本とかいう括りはまったく役に立たず、
ただ日本には豊かで強力な自然があって、それと付き合ってきたし、付き合わざるを得なかったというだけで、ただそれだけなんだろう、だからそんな簡単な言語で語ってしまえない、複雑に入り組んだものを解きほぐすように語っていかないとならないだろう、
聖フランチェスカや修道士やチベットの坊さんのような、自由を制限することで、宇宙と繋がるような、内藤さんの作品も野外の作品など、吹きかけることを求める、観客に制限を求めるなどとつなげるが、確かにきんざなども時間を決めて一人で見るなど観客にとっての制限があるが、
その制限という言葉を本人達がつかうかというと疑問だし、
ちょうど、佐久島に着く前にサリンジャーの「フラニ−とゾーイ−」を読み終え、
フランチェスカについて、宗教と愛について、もっと自由でいいんだ、というイメージの解放を受取っていたので、
ふつうエゴだと言われているものは、エゴでもなんでもなく、エミリーディキンソンが詩を書きたいという時の衝動もエゴだと否定できない、
世の中のひとが自分の真のエゴに向かって生きればいい
中沢新一も言っていたけど、職人の動き一つ一つが阿弥陀の動きになるようなものに、制限なんて、客観的、学者的、他人事的立ち位置の言葉が吐けることが、気に喰わない
小説における自由は、それ以外選べないという状態であると、
小説家の保坂和志が言っていたことが印象的だが、
自由とはそういうものだろう
内藤礼さんとの対談、
内藤さんは感動的にうつくしいことを話していた、
直島のきんざは、ほんとうはなにもなくてもいいんだけれど、
そのなにものかの気配をわかるようにするために最小限ことをする、
そのなにもなくてもいいという言葉の底の見えないイメージに僕は驚きを感じていた、
貝紫染めの貝を殺して採った毒を使って染めたものが、色として生きはじめることが、
昔のひとは精霊と呼んだのではないか、という内藤さんの言葉はあまりにもうつくしかった、
内藤さんはうまくしゃべれなかったと言っていたが、ものすごく伝わったし、
内藤さんは、深く刺激的な内容に向かっていくのに、
中沢新一がするりと躱すような印象だった、
を聞きに、朝4時に起きて、電車で佐久島へ向かう
11時30分の渡船で行こうと思っていたが、3分の乗継ぎを逃して、
1時半の便で、着いたら即弁天サロンへ、内藤さんに会う、
部屋は小さくて、定員50人ということだったが、廊下とかも使えば、
もっと人は入れただろう、来たかった人多かったはずだ、
それでも、野外作品の観賞のことを考えると、あれぐらいの人数が限界とも思える
最初、中沢新一が一人で話す、
聞いていると、それは違うんじゃないか、と突っ込みたくなる、
がイベントの最後まで観客の意見を聞く時間は設けられなかった、
なんとも、中沢新一には権威的な感じがする
西洋の芸術は自然や環境から切り離されたところで成立していて、
日本には明治まで芸術の概念はなく、あくまで職人だから、
自然や雇い主の意見に制限されるが、それと折り合いをつけることで成立している、という
西洋の芸術が自然や環境から切り離されて成立しているなんて、まったくよく言えたものだ、
本当にすぐれた表現(芸術)が自然や環境から切り離されて存在するわけはない、
それは西洋、東洋なんて関係がない、
むしろ日本の表現のほうが、形式的、抽象的であって、
中国の山水画と日本の水墨画や中国の仏像と日本の仏像を比べると、
中国は自然から学ぶリアリティがあって、日本のは中国の模倣や抽象的な平面的な表現が見える、
それでも、「松林図屏風」や「秋冬山水図」が自然から生まれ、それを超越するかのように存在しているのは、すぐれた表現(芸術)が日本にもあったということだ、
しかしそれが芸術というくくりで呼ばれることがなかったのはなぜかということのほうが、問題だと思う、
実際中沢新一も、北斎のようなすぐれた芸術家という呼び方をして、しかし絵師だったという、
つまり現在の芸術という見方でみれば、日本にも芸術はあった、しかしそう呼ばれなかった、ということで、アートに訳として芸術と言う言葉が誕生した瞬間、
日本においての芸術という言葉の内容が掬いあげられた、
それはやっぱり西洋のものとは、少し違う、それは豊かな自然や湿度、地震、島国などの環境から生まれるものだろう、
ヨーロッパにおいては印象派やルネッサンス以後の表現など自然は師だという感じがする、
というか、自然や環境から切り離されて、表現が成立するわけがない、
ラスコ−の壁画を例に出したが、牛の表現など、環境から生まれているんじゃないか、と聞くが、
なんか三層くらいになっていて、暗闇から生まれた光があるらしい、それは見てみたい、
その感じ、水煙型縄文土器に感じたもの、抗自然的なイメージにもつながるのかもしれない、
だから、西洋、日本とかいう括りはまったく役に立たず、
ただ日本には豊かで強力な自然があって、それと付き合ってきたし、付き合わざるを得なかったというだけで、ただそれだけなんだろう、だからそんな簡単な言語で語ってしまえない、複雑に入り組んだものを解きほぐすように語っていかないとならないだろう、
聖フランチェスカや修道士やチベットの坊さんのような、自由を制限することで、宇宙と繋がるような、内藤さんの作品も野外の作品など、吹きかけることを求める、観客に制限を求めるなどとつなげるが、確かにきんざなども時間を決めて一人で見るなど観客にとっての制限があるが、
その制限という言葉を本人達がつかうかというと疑問だし、
ちょうど、佐久島に着く前にサリンジャーの「フラニ−とゾーイ−」を読み終え、
フランチェスカについて、宗教と愛について、もっと自由でいいんだ、というイメージの解放を受取っていたので、
ふつうエゴだと言われているものは、エゴでもなんでもなく、エミリーディキンソンが詩を書きたいという時の衝動もエゴだと否定できない、
世の中のひとが自分の真のエゴに向かって生きればいい
中沢新一も言っていたけど、職人の動き一つ一つが阿弥陀の動きになるようなものに、制限なんて、客観的、学者的、他人事的立ち位置の言葉が吐けることが、気に喰わない
小説における自由は、それ以外選べないという状態であると、
小説家の保坂和志が言っていたことが印象的だが、
自由とはそういうものだろう
内藤礼さんとの対談、
内藤さんは感動的にうつくしいことを話していた、
直島のきんざは、ほんとうはなにもなくてもいいんだけれど、
そのなにものかの気配をわかるようにするために最小限ことをする、
そのなにもなくてもいいという言葉の底の見えないイメージに僕は驚きを感じていた、
貝紫染めの貝を殺して採った毒を使って染めたものが、色として生きはじめることが、
昔のひとは精霊と呼んだのではないか、という内藤さんの言葉はあまりにもうつくしかった、
内藤さんはうまくしゃべれなかったと言っていたが、ものすごく伝わったし、
内藤さんは、深く刺激的な内容に向かっていくのに、
中沢新一がするりと躱すような印象だった、
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