Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2006-07-28 言葉、すべて

    都市にいると、すべてがつながっているということが
    隠蔽されてしまう、
    だからぼくは、一つのものだけずっと描いていた、
    道路に咲く花はあまりに美しいが
    アスファルトの道路とは切り離されて
    存在しているように感じてしまう
    しかし、沖縄の御嶽しかり
    自然、森に包まれてしまうと、
    その圧倒的なものに
    すべてがつながっているんだという
    ゆるしのようなものを感じることができる、
    たぶんそれだけだと思う
    すべては









    すべてのものにカミが宿っていたとき
    食べた魚の骨を
    けして折らずに、ひとところの水の中に返していた時代、(貝塚が祭祀場だという)
    それを隠蔽する都市、
    もちろん今でも、たぶんすべてのものにカミは宿っているんだろうけど、
    工業製品などの機械工物にそれを見い出すのは非常に困難だ



    食と性、あわせて生である
    (ミキシゲオ、「胎児の世界」から)

    タブーとしてのエロスではなく
    生としてのエロスを

    ファーストフードでも嗜好としての食でもなく、
    神を食べる、生命の伝承としての食という、

    この二つを正常にとりもどさねばならないだろう

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