2006-07-15 ジャコメッティ展、葉山
葉山の美術館のジャコメッティ展を見に行く、
かなりの見ごたえのある作品数、必見の展覧会ですね
弟、ディエゴの像がいいですね、
その鼻梁には崖を感じる、
頸まわりの気配には、
生の存在が、
見つめることで成立する彫刻、
触れるのではなく、見つめることが触れることなんだ
デッサンもいい、
矢内原の石膏の彫像にはアルカイックな印象がある
ブロンズと石膏の関係
細く小さな女の立像も美しい、
ディエゴの像は二体とも日本の美術館で見たことあるやつだったけど、
ただ美術館の白さ、床の木目の荒さゆえに置かれた、
白い台、この無味無臭な感じは、なにか間違っている
ジャコメッティのアトリエの匂いが漂う場でこそ、見たい
絵画は額ありきで、美術館においても成立する、他者がつくった額という場という仲介において、
彫刻の台があんなに真っ白では、つまらない、
芭蕉さんの奥の細道の紀行文という旅の場から、
立ち上がる俳句という、
形式のすばらしさ
かなりの見ごたえのある作品数、必見の展覧会ですね
弟、ディエゴの像がいいですね、
その鼻梁には崖を感じる、
頸まわりの気配には、
生の存在が、
見つめることで成立する彫刻、
触れるのではなく、見つめることが触れることなんだ
デッサンもいい、
矢内原の石膏の彫像にはアルカイックな印象がある
ブロンズと石膏の関係
細く小さな女の立像も美しい、
ディエゴの像は二体とも日本の美術館で見たことあるやつだったけど、
ただ美術館の白さ、床の木目の荒さゆえに置かれた、
白い台、この無味無臭な感じは、なにか間違っている
ジャコメッティのアトリエの匂いが漂う場でこそ、見たい
絵画は額ありきで、美術館においても成立する、他者がつくった額という場という仲介において、
彫刻の台があんなに真っ白では、つまらない、
芭蕉さんの奥の細道の紀行文という旅の場から、
立ち上がる俳句という、
形式のすばらしさ
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