Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

  • experience (12)
  • news (60)
  • exhibition (31)
  • word (47)
  • essay (4)
  • film (4)
  • review (30)
  • journey (59)
  • photograph (6)
  • performance (10)
  • architecture (2)
  • book (2)
  • workshop (13)
  • review&journey (1)
  • memo (2)
  • livepaint (0)
  • 最近の記事

    最近のコメント

    最近のトラックバック

        -------- スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

        2013-03-14 地方を変えた<アート力>北川フラム講演会「座」高円寺

     会津・漆の芸術祭のシンポジウムで何度か話を聞いたことがあったけれど、
    寡黙なフラムさんは多くを語らないので、一人の講演会で、
    これだけ濃密なフラムさんの話を聞いたのは今回が初めてだった。
    それも東京の高円寺で、妻有アートトリエンナーレや
    瀬戸内国際芸術祭についての話をするので、
    地方の芸術祭から都市を見つめ返すという視点もおもしろかった。

     まず、アートありきではなく、現在の状況における問題の核心について語り、
    それに応答する方法として美術という在り方がもっとも可能性があり
    かつおもしろいという語り方であるので、その寡黙さと同じく、核心のみを見ている。

     自分の住んでいる町が、災害に見舞われたとき、助け合い、
    生き残ることができるかという、生存の根本から考えること。
    仕事場のある代官山について、
    都市が都市となる過程で同潤会アパートの果たした共同体を支える装置としての在り方、
    国や他に期待するのではなく、
    自分たちが生きている場所から自分たちでなんとかしていくしかないということ。

     そして瀬戸内や妻有の実例を紹介し、そこに多くの人が訪れることから、
    都市が身体性やその生の根拠を喪失して、
    それを外部の自然の中に求めざるを得ない状況になっていることから、
    都市におけるアートフェスティバルが、ただの経済の活性化ではなく、
    都市においてムラを再生させていくというイメージは、秀逸だった。

     そのような繋がりの再生による都市の再生は、フラムさんにとってもまだ、
    未知なる可能性であり、そこに生まれるアートというのも、新たな可能性を持っているのだろう。
    この越後という厳しい大地から見つめられる視座によって見出されるもの。

     今日の話を聞いて思ったのは、地方が疲弊し、再生を必要とするのと同じように、
    都市もまたまったく別の部分で疲弊し、再生を必要としているのかもしれない。
    それらは実は表裏の関係にあり、互いに補完しあうことで、
    新たな生き方が見出されるのかもしれない。
    それを繋いでいくものとしてアートや美術がある。
    その都市の再生についてのイメージを得ることができた。

     ただフラムさんが紹介した作品のうち本当に力を持っている作品が
    何点あるかということを考えると、アートの力というものをフラムさんの方が
    広い意味で考えていて、だからこそ原始感覚美術祭というものをやる意味もあるのだと思う。

    NPO法人TFF →http://www.sugi-chiiki.com/npo-tff/content_disp_ex.php?c=4d943fe30ae4a&p=5126c78f7ccfe







    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿

    管理者にだけ表示を許可  

    トラックバック

    http://sugihara.blog27.fc2.com/tb.php/318-61bf24b9

     | HOME | 

    FC2Ad

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。