Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2013-01-15 あらたみ


    一日に2時間だけの旅をしている、
    そのささやかな旅は、
    つつましやかに積みあげられた石垣の坂道を歩く
    おばあさんの歩速から見た景色のように
    湿り気をもった生活の帯へと届いていく、
    水の音の歩き神だ

    たとえば、

    森の小声を聴く、
    その声は無限の波をうたっている小鳥の小声である
    (こんなに幾つもの声音でうたっていたなんて、)
    それは恒星の傾きにそって並んだ、
    葉影の姿の宇宙である、

    それを旅は知っていた、

    森がアトリエだったら、
    命はもうすでにそこにあり、
    うたいかけている

    道端に小さな社があって、
    家には屋敷神があって、
    おばあさんが、みかんや餅を供えて、
    大切にしている場、カミの家、
    それは宗教なんて大仰な言葉ではなく、
    生活や身体と不可分な敬虔さや畏れや祈りの為に空けておいた空地、
    の時空の豊かさ、

    アートではなくて、
    そういうものを受け渡す、
    結んでいくこと

    ひら(崖)に立つ、
    又古木の合間に立つ石の空路(うつろ)に
    翳した榊を抜ける風明りに苔むした石の吐息、
    鳥の散らした小声は、
    場を描くという、
    旅山伏のはこびによって起こされる
    地面の裏には石がある。
    都市の裏にも石がある。

    川の流れが道をつくるように、
    まちもその道の力に流されて姿を変えていく、
    道の奔流からとり残されて、
    時の流れの川すじに残された砂洲のような場所がある、
    そこは、湛え水のような時の記憶の流れる場所、
    それは、原初の一滴から受け継がれる命からの祈りのような、
    まちには無意識の水脈が流れる

    森に描く、
    それはうたいかけられた、
    木洩れ日の零れるような小鳥の囀りと交通する、
    開かれた処のことではないか、
    小鳥の囀りの為に描かれた、
    小鳥という音楽との交信、
    囀りに触れる身体の跡という画、
    たしかに耳は渦を巻いた通路だ

    石蟹(いしが)の星の空け地、
    森のうつほの螺旋木の根元には、
    塒石が二穂、三穂、
    ここは降り地





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