Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2006-04-27 口癖

    スロベニアのポストイナ鍾乳洞
    私の身体速度に

    ぼくにはわからない
    呼吸のことも
    空気のことも




    スロベニアのポストイナ鍾乳洞、

    イタリア、ラヴェンナのガッラ・プラチディアの霊廟

    フェルディナン・シュバルの理想宮

    グギングの家

    ゴッホのカラスの飛ぶ麦畑の絵



    沖縄、竹富、黒島、波照間、大神島の御嶽

    気多大社の入らずの森の原始林


    と、心に突き刺さった場は
    あるけれども、



    屋久島の縄文杉のあの空感性ほど
    衝撃的な空間が他にあっただろうか


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    コメント

    速度

    速度差からすると、調和ではない気もする。ジェット機から見下ろす山野かな。そのときインスピレーションはないから、やはり別のものか。ロケットなら……。ある水準を超える速度差にはメッセージがあるのかもしれない。この「癖」を読んでそんなことを思った。

    違和感

    ぼくはこの「癖」が好きだ。安易に森や木との調和を口にする人を信じないから。土に埋まってみたり、森に潜んでみたりするきみの行為の底には、なにか腑に落ちないものがあるのでは? ぼくはそこに共感する。「そこ」で感じるものは何なのか、それは何処にあるのか。感じるからには、それはぼくではない。もしかしたらそれは違和感ではないのか? ときどき疑ってみる。森が好きだ、森と同じものを感じさせる神聖な場所をときどき感じる。その多くはふるい信仰と一致しているけど、ときどき都会の片隅だったりもする。

    山林ニ自由存ス

    山林に自由存す――独歩がこのことばを吐いた森が、ぼくも好きだった。独歩がこの自由ということばに含めたものを、いまでもぼくは考えている。

    口癖

    あ、まちがった。「癖」→「口癖」です。
    お詫びして訂正します。

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