Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2010-01-12 「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」内藤礼

    幻視 
    幻を視る瞳(メ)
    のまなざし

    その
    切実な震え

    ただ
    見ているだけで
    涙がでそうになる


    晒されることのない
    聖域のもつ静けさ
    うつくしさ
    気配を纏って


    内藤礼さんは
    言葉を紡いでいた


    アーティストトークの前
    内藤礼さんの言葉
    神戸大学の特別講義録の本を読んで
    うれしくなってしまって
    撥ねあがるようにして待ちわびていた

    展覧会のカタログに寄せられた
    言葉の
    風に揺らめくリボンの
    精霊の
    ひらめく刹那の耀きのように
    鮮やかな言葉の端々


    ものすごくたくさんの
    人たちが
    内藤さんの話を聞きに集まったことが
    とってもうれしい



    朝一で
    鎌倉にある神奈川県立近代美術館に行く
    すでに3、4人の人がチケット売り場で待っている
    開館時間になって会場に入る

    二階の暗闇のガラスケースの中にライトが幾つも点る部屋
    風船が頭上に吊られ、しづかに漂っている
    その揺らめき

    ガラスケースの中にも入れるというので
    一番乗りで入れてもらう
    靴を脱いで段の上に上がり
    通路状のガラスケースに入る

    輪っか状の襞のように置かれたクリスマスライトの下には
    カラープリントの布が敷かれ
    折畳まれたプリント布
    貝紫染めの布
    ガラスの内と外に対に置かれる
    ガラス瓶
    などが置かれている

    小さな透明な球と風船がフロアーとの段差分
    高く吊ってある

    反対側からも人が入ってくるので、
    一通り見てから出る

    全体を見ると
    フロアーの空間
    ガラスケースの中に入れる空間
    ガラス越しに見る空間
    開いたガラスから覗き込んで見れる空間があり

    ガラス瓶が小さな透明な球を挟んで対に置かれている
    プリント布が重ねて敷かれた端にちょうど合わせて
    透明な球がくるように

    奥側の対の二つのガラス瓶の口の部分
    蓋をとった捩れの部分がクリスマスライトの光を浴びて
    うつくしい光の散り方
    通いかたをしている

    折畳まれた布地と
    布地の部品なのだろう襞状のものが
    置かれたり
    円く輪っかになっていたり
    オーガンジーのリボンが輪っかで一つ
    三つ繋げておいてあったりする
    造形物もうつくしく

    女の人の折畳んで
    畳の上に置くという仕草
    その跡の光景を思い浮かべる
    でもすこし細長い空間なので
    それとは違うものかもしれない

    他のガラスケースは人がすでに並んでいたので
    とりあえず、混む前に全貌を見るため
    他の部屋に行く


    中庭には空に届くように長いオーガンジーのリボンが揺らめく
    天気がいいので空にはえて
    精霊の風のうつし身

    廻っていく
    その動きのおもしろさ
    間近を通う一瞬の光の煌き
    ものが光のようになる刹那
    の色

    ただ真ん中の彫刻が
    イサムノグチのコケシだというが
    どうも好きになれない

    それでも一日ずっと精霊のリボンがコケシと戯れているのを見ていると
    全体の印象の記憶としてはよいものになっているのが不思議


    石の回廊には透明ビーズを積み重ね
    天井から吊って
    風ですこし揺らめいているものが二本と
    中庭側の光に向かってガラス瓶が置かれ
    水が入っている
    これらは漲る水ととともに三点で空間をつくっているような気がする
    自分の中にイメージが立ちあがる

    回廊の周りは池に囲まれ
    石の手すりの上には水の入ったガラス瓶が三箇所に置かれ
    池の上にはビーズの重ねたものが弧を描いて
    吊ってある

    開館直後にちらっと見た時はガラス瓶の水はなんともおもわなかったが、
    今度はなみなみと注がれ
    表面張力で光がたわんで漲っている
    底には水滴がうつくしい模様を描いている
    朝は自然蒸発していたのだろう

    どうして池に囲まれた空間を一つの作品でしか生かさないのか
    不思議に思っていた
    水面ということだけど

    遠くから見ると光の反映でうつくしい池も
    よく見るとすこし油が浮いていて
    泥で水面はあまり美しくない
    これを使うにはまず池をきれいにしなければならないのだろう

    その水に捧げられた水
    石の手すりの上に置かれたガラス瓶に漲る若水が
    油の浮く泥の池という背景を視野のうしろに漂わせて
    いっそうその光の在り方を際だたせているのかもしれない
    この絶妙な捧げかた

    この不思議な形をした美術館の在り方に
    石の手すりという突端に置かれた水と光の漲る境界は

    ここに置かれるべくして置かれた
    建築と環境と響きあった
    ただ一点として
    置かれている

    それが捧げる
    ということだろう

    二階のもう一室は
    自然光のうすぐらい部屋に
    青味のプリント布が波のように壁側から
    敷きつめられ
    光の反射が矩形の模様を作っている
    端に丸い白い薄紙が重ねて置かれている他はなにもない
    不思議な空間

    薄紙には小さくなにかが書いてある
    これは新生児の足の裏のサイズで
    おいで
    と書いてあるものらしい
    一人一枚持ってかえることができる

    それで再び
    ライトの部屋へ
    今度は一人で入れる
    ガラスケースに空いているときに並ぶ
    一人を待つだけだったが

    その時不思議なことがおこった
    口に手をあてて

    ああ、待っている間に
    こうやってゆっくり空間を眺めているのもいいなあ
    と思っていると

    なんだか心臓の鼓動が
    ドクドクと響いてくる
    朝のまだ人のまばらな静かな会場
    薄暗く光の点る
    内藤さんのつくった空間のなかで
    急に心臓の鼓動が聞こえてきたのだ

    別に緊張しているという意識はないのだが
    とても不思議な体験だった
    そして前の人が終わり
    ガラスケースの中に入ると
    鼓動は聞こえなくなり

    一人だけの空間をじっくり味わう

    水の中の水という言葉
    死者と生者

    うつし鏡


    ガラスの向こう側の風船は
    近いのにこちら側の空気の流れとは違った流れで動いている
    その二種類の風の動き

    触れられそうで触れられない
    でも隣り合って存在しているような
    不思議な感覚

    ライトは映りこみ
    風船も虚像をかさねる
    ガラスを挟んで対に置かれたガラス瓶
    フロアーから覗き込む観客

    ガラスケースの中から眺めるほうが
    豊かな世界が見える

    すこしカラープリントの布は
    少女趣味的すぎるのではないかと感じていたが、
    それはあくまで装置のようなものであって

    そこに漂うものは
    ガラスという境界と空気の揺らめきに呼び起こされる
    私たち見る人の身体そのものなのではないか

    オーガンジーのリボンが風によって命を吹き込まれるのと同じように
    この空間はそこに訪れる私たちの身体そのものによって
    命が吹き込まれているのではないか

    空間に包まれて待つという行為の中から生まれる鼓動
    ガラスの世界に包まれることで現れる
    他者との眺め合い
    其処には常に空間の歪みのような
    揺らぎが存在して

    他者、自分、生者、死者、
    影、記憶、夢、それらの境界があいまいに揺らいでいく


    三渓園、横笛庵の母型との出会いの体験は
    別格とも言えるものだったので、
    それを越えることは容易ではないと思うが

    また違った方向に非常にラディカルに進みつつ
    空間を呼び起こしている

    ギャラリー小柳の前々回の細かい穴が穿たれた小紙片
    発電所美術館の水滴のつくる紋と出会った瞬間の
    ゾクッとするような感触の作品にも出会いたかった気もするが
    今回の方向性もおもしろい


    昼になったので昼食をとりに外へでて
    焼き餅やサンドイッチなど食べ
    すぐに美術館に戻り
    図録や本を読む

    トークの一時間前から再び
    作品を眺めるが
    人がぎっしりで行列ができている

    内藤さんの文章に刺激されてか
    貝紫染めの布を折畳んで置いたものが
    ガラスケースの外側のサッシに
    むき出しに置かれているのが
    ネジ穴が傷のようで
    その精霊の色の布の置かれ方に
    なんだか傷ついていた


    トークが始まる時間だが
    チケットを買う人の行列ができ
    開始がすこし遅れた
    中庭にはぎっしりと人が集っている

    内藤さんの言葉で一番印象的だったのは
    最後に質問した人に対する答えで、
    男の人にはわかりにくいかもしれないけれど
    女の人にも母性が必要なんです
    という言葉だった


    ガラスケースの中を生者の世界
    外を死者の世界と内藤さんは言っていた
    その発想自体すごいと思うけど


    見る側としてはガラスケースに段をのぼって上がるというのは
    夢の世界に入っていくような
    水族館の水槽の中に入っていくような
    どちら側かといえば、非日常、死者の世界の軽さに近づくことのように
    感じていた

    生者に対する慰めとしての飾りつけが必要ということも
    わかるので、そこら辺は別に作者と見る側の視点が一致している必要は
    ないのだと思う

    トーク終了後
    たくさんの人が内藤さんのところに
    質問、感想、握手、サインのため訪れる

    ずっと近くで話しに耳を澄ます

    その中で
    驚嘆したのは、
    あの三渓園の横笛庵の糸の先の輪っかが
    ビニール袋を裂いたものだったということ

    あの生命を宿した
    もの
    ものの在り方を更新した
    生の誕生にまで触れえる
    あまりにもうつくしい存在が
    工業製品を素材にしたものだったということの
    この驚愕

    ああ、石油製品というものの
    石油という科学物質の本質
    古代の生物の屍骸が変化したか
    星の誕生からの無機物か菌によってかわからないけれど
    とこしえの生物の歴史さえも越えるような
    うねりの記憶を宿した物質の

    その真の姿の意味を
    その記憶を呼び覚ました

    すべてにいのちのきおくがやどっている
    それをあらわにすること

    その最も遠い記憶を
    あらわにすることで
    最も生命にちかづいた
    もの

    まったく自然や命から隔絶されたように
    工業的に加工されて、大量消費、捨てられていくもののうちに
    秘められた意味を
    美を

    現代のその素材でしかなしえないこと
    これには深くこころうたれた

    工業製品に命を宿らすこと
    それは現代における巫女の姿
    だからこそあれだけ多くの人が
    内藤さんのもとに集うのだろう

    縄文の巫女のつくったであろう土偶
    その巫女と鎌倉の美術館に集った人々と
    その周りを漂っていく
    精霊のリボン
    内藤さんに同じ巫女の姿を
    幻視するようだった



    トークの中でも
    中庭のオーガンジーのリボンが
    シルクではなく市販のポリエステルだということを
    話していたけど

    寧ろ佐久島で見たシルクの貝紫染めのオーガンジーより
    うつくしかったようにさえ見える

    トークの最中も揺らめき漂う精霊は
    観客の頭を撫で
    通りすぎる
    うつくしい光景
    知らぬうちに恩寵が舞い降りているように

    風の舞い
    無垢の踊りをつづけていた

    空に舞い上がり
    漂う精霊の舞いの
    光のかげのようなうつくしい
    さま

    風だけがあっても
    リボンだけがあっても
    これは見ることができない
    と内藤さんは言う

    その二つがあって初めて
    精霊の姿はあらわになるのだ

    ちょうど行きの電車で
    折口信夫の処女小説「口ぶえ」を読み終えたのだが
    主人公が出奔した旅の途中で
    塚の上に淡紅(トキ)色の蛇がいるのに恐れ慄くのだが
    草の上に揺らめく淡紅(トキ)色の細紐だったという
    シーンが印象的に描かれている

    昔の人が精霊というものを
    呼んだ始まりとは
    そういうものだったのだろう

    閉館時間までいて
    お礼を言って帰る
    最後に見た池の上のビーズの弧が
    昼間の印象とはまるで違う
    幽玄な光を放ってうつくしかった

    友人も何人か来ていたのだが
    偶然駅前のカフェで
    友人に出逢い

    帰る
    電車のさなか

    紙粘土で

    躍るばを
    カタチをつくっていると

    突然

    水の中の水

    水の中を泳いでいる
    私はつくることで
    水の中を泳いでいる

    指先に触れている泥の中で
    泳いでいる

    踊る
    大野一雄さんの
    姿

    ああ
    だから河童だったんですね
    一雄さん

    羊水の
    胎内で
    踊る一雄さん

    釧路湿原まで行って
    踊っていた一雄さん

    そうか私たちは
    水の中の水のように存在しているのだ


    いう


    出逢っていました




    ありがとうございました




    内藤礼さん













    内藤礼
    「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」

    2009年11月14日 ~ 2010年01月24日

    開館時間
    午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

    休館日
    月曜日
    1月12 日(火曜)

    神奈川県立近代美術館 鎌倉

    〒248-0005
    神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 
    電話:0467-22-5000(代表)


    観覧料
    一般 700円(団体600円)
    20歳未満・学生 550円(団体450円)
    65歳以上:350円
    高校生:100円

    団体料金は20名様以上から適用されます。
    中学生以下、障害者の方はすべて無料です

    http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2009/naito/index.html











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    コメント

    はじめまして!ウチのブログも見てってね♪

    素晴らしいブログを読ませていただきありがとうございます。
    これからも更新頑張ってください。

    inFieldさんブログ拝見いたしました。

    佐賀で出会いを探すさん
    ありがとうございます。

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