Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

  • experience (12)
  • news (60)
  • exhibition (31)
  • word (47)
  • essay (4)
  • film (4)
  • review (30)
  • journey (59)
  • photograph (6)
  • performance (10)
  • architecture (2)
  • book (2)
  • workshop (13)
  • review&journey (1)
  • memo (2)
  • livepaint (0)
  • 最近の記事

    最近のコメント

    最近のトラックバック

        -------- スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

        2009-12-18 出町光識展

    目白のギャラリーfuuroの出町光識展
    自転車で上野まで行くのでよく目白を通っていたのだが
    駅前の好立地にこんな素敵なギャラリーがあるとは知らなかった

    茨城のアートコラボラボなどでお世話になっている
    陶芸家、アーティストの出町さんの器の個展

    1階が器
    2階がワークショップ産土神の写真展

    画廊のオーナーが生けた花の生けてある作品がよい
    形に生(エロス)がある
    湯呑みなど釉薬の色がうつくしい

    しかし何よりびっくりしたのは、
    アーティストとして活躍している出町さんの作品が
    極貧の僕でも買えてしまう価格で売っていたということだ、
    アートというのは、もうバカみたいな値段がついて
    生活からは切り離されてしまっている印象があるが

    陶芸という世界では生活と地つづきに繋がっている
    目からうろこの驚き

    おもわず初めて作品というものを買ってみる
    いちばん小さい小皿だが、平らかで釉薬の碧が美しい

    使うものでこわれ物の陶芸という世界の中でもやはり安いような気がする
    自分の母親でも使えるような価格でという
    職人としてのこだわりはすばらしい

    2階のワークショップで作った土面と作った本人の
    ご老人方の写真が合成されている写真もおもしろい

    写真の大きさの問題や全体としての作品の印象よりも
    もっと別の在り方のほうに深く驚いていた

    fuuroさんの包みや袋なども素敵で
    家に帰って、
    スーパーで半額になった刺身を買って
    盛りつけてみる
    平らかな小皿に刺身がのって
    空間が立つ

    展覧会場で見るのと、生活の中に置かれるのは
    まったく意味が違う
    所持すること、日常の花

    見ることで(在ることで)其処には小さな庭が立つようだ(あるいは湖面か)
    食べてみると、とても豊かな感じがする

    しかも器のほうがのせる食を選ぶ
    安い豆腐なんてのせたら合わなかった

    盛り付けというのもインスタレーション
    ちいさな美の傾きだ


    他の食器は大量生産品なので
    明らかに食卓が見おとりしてしまう
    これはぜひとも手作りの食器がほしいが
    買うということはできない身の上なので
    自分で作ろうと想う

    生活や食に空間が立つというのはすばらしいことだ

    しかも使い終わった皿はすぐに洗って拭いて
    大切につかう

    物を大切にしろとよく言うが
    大切に使いたくなるものに囲まれたら
    自然と大切にするのだろう
    物を大切にできないような大量生産品で
    世界を覆ってしまったほうが誤りなのだと気づく

    大量消費社会を変えるには
    大切にできるもので生活をつくっていくことが
    必要なのだろう
    建築空間にしても、食器や道具にしても

    豊かな生活、豊かな世界の在り方
    そこにはいのちが通っている








    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿

    管理者にだけ表示を許可  

    トラックバック

    http://sugihara.blog27.fc2.com/tb.php/187-daacda50

     | HOME | 

    FC2Ad

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。