Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2009-12-19 「木の葉の舞い散る手の舞い」アートコラボラボ・ワークショップ4

    駅より自転車で
    天気がよいので気持ちいい

    途中、鷺ノ宮 高久神社
    社殿の竜の木彫の
    柱に竜が生えていくような変化の
    突出感
    象の木彫の皺の光の筋など
    わすれがたい空間性の巧み

    Image590s.jpg

    気分よく
    真壁町へ
    スーパーの100円ショップで素材を買ってから

    施設で家事支援をするおばさんの家を訪ねると
    ちょうど家の前の畑で大根を抜いていた
    その抜きたての大ぶりの大根のならんだうまそうな姿

    用事をすませてから、
    おいしいお昼ご飯とでっかい白菜と大根を頂く

    1時からのワークショップ
    机を準備して
    絵と粘土のワークショップ
    今日は出町さんが最初から土面つくりのワークショップをやるので
    絵を描く人は少ない

    やはり広瀬君は来ない
    段取りをつけてから

    施設の人に声をかけて
    ビデオを持って広瀬君の部屋を訪ねると
    毛布を被って寝ている
    出町さん来てるけど粘土やらないの?と聞くが動かない

    ビデオを置くと興味をもってすこし撮影する

    ビデオを固定して
    新聞をひいてから粘土をつくりながら
    声でうたいかける

    広瀬君は毛布のなかで笑い出し
    粘土に手を伸ばし
    粘土を持ち上げ引き合う

    それから起き上がってベランダに出て外を眺める
    ビデオを撮りながら声を出し粘土をつくる

    広瀬君は部屋を出て
    娯楽室へ
    それからトイレ
    廊下の突き当たりと歩いて
    外に出る

    かと思ったら、玄関を出たところで引き返す
    戻っちゃうのかと思ったら
    部屋に戻っていつもの服に着替え
    外に出る

    多目的室へ
    みんなと一緒に土面つくり

    やっとこさ引きこもった広瀬君を招き出すコミュニケーションができた

    天岩戸に籠もった広瀬君を招き出すような
    その一対一のコミュニケーションが実は一番刺激的でおもしろい

    紙粘土を作りながら多目的室でも声をだす
    声とつくることの同時性についての展望

    みんなやはり紙粘土より土の粘土が好きらしい
    土の粘土でもつくる

    広瀬君も土面をつくる
    鉛筆で穴をたくさん開けてから
    釉薬を塗って穴ぼこが消え
    うっすらと穴の跡と目と口が見える
    できたのを見せてくれる

    優しい、仏画のような表情

    出町さんは穴ぼこの開いていた時のほうがいいと
    穴を開けてと言う

    僕はこれで完成していると思ったので、
    いいよ

    と言うが、出町さんはやらしてみようと鉛筆を渡す

    ここのところが価値観の分かれ目である

    穴を開けるのは、たぶん終わったことなので、
    顔の輪郭をなぞる程度で進まない
    出町さんは目と口の部分の粘土をとって穴を開ける

    それから広瀬君は櫛を使って顔に櫛跡を刻む
    おもしろい土面ができあがり、
    広瀬君は呼んで見せてくれる

    おそらく、最初に釉薬を塗ってできた時には広瀬君の心は満たされ完成していた
    そこに出町さんの感性が加わり、新たなものが生まれる
    コラボワークだ

    出町さんは他の参加者の土面にも手を加える
    粘土のパーツが焼くときにとれてしまうから
    手を加える必要があるというだけでなく、
    感覚的に制作に参加している

    ここのところがむずかしい
    僕は作っているものは、自らの心、魂のようなものの宿る場と思っているので、
    そこに手を加えるというのは、絶対にしたくないと思っている

    だけれども、個という境界も越えて存在する在り方においては
    そういう制約も存在しない
    触れるということもそういうこととつながる

    つまり作るということの場が
    踊りの場は胎内ですと言った大野一雄のように

    舞台
    それも一切の境界が存在しない
    胎内の、精霊の、神のふるまいの場
    舞台
    として舞い降りるなら
    自由=
    それ以外絶対に選べない刻
    の場として
    立ちあがるなら

    作物というのは
    個というものを超えて存在している
    その生まれ方が一人から生まれることもあれば
    共同制作から生まれることもある
    ただそれだけ
    共同=共に同じ であることの場

    ダンスに参加するカズヒロくんは広瀬君と仲がよく
    頭を触ったり、手を触ったり
    触れることでコミュニケーションを取っている

    隣同士に座った
    カズヒロくんの広瀬君との触れ方の
    手の舞いには驚きだった
    木の葉が舞い散るように
    エロティックであるほどの美しい舞い。

    ふるまいはダンスである
    一切の自然の在り方と同じように
    コミュニケーションも言葉も すべて

    そのように在ればいいのだと
    この場所における可能性の受胎
    授産という言葉のしめすように

    生まれることをたのしみに






    (そういえば、行きに玉戸駅辺の車窓から見たおそらく筑波山と思われる姿が
    二上山の二つの三角がならんだ姿そのままだったのには驚いた。
    あの山の合間にも太陽が沈む時があるのだろうか)




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    コメント

    目と目

    広瀬君がニヤリとわらって、
    お面の目や口を開けてくれました。
    おいおいおいちょっとやりすぎかな?
    と思ったけど、彼の美意識。
    あの仮面をつけて広瀬君は、
    杉原さんやぼくと、その目の穴から、
    目を合わせる。
    作ることは単にはじまりやきっかけ。
    それを使ってはじまることは、
    もっとエイキサイティグ~よ。
    見つめあってたもれ~。

    土面をつけて行為するということに向けて
    穴が穿たれたわけですね
    隙間から覗く視点へ

    つくるということの中に宇宙が花開くように
    つくられたものによってひらく世界にも
    宇宙は花開く

    用ということの開く目線ですね

    僕も土面をつくってみようと思ってました。

    土面をつけた広瀬君が
    どんな風に変わるのかは
    とても興味深いですね

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