Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2008-12-30 水戸芸術館、弘道館

    水戸へ

    連れが弘道館に行きたいというので、
    行ってみる

    引き戸の襖に描かれた
    何気ない
    水墨画の木を見て

    ものが化ける
    ということについて
    思う

    ものに仮想を託すことで
    逆にその本質に至るような
    ものの息吹

    ものが
    生きているものとして
    つき合っていくことの智慧
    というか心が失われて久しいのではないか
    歳経たものが命を宿し妖怪になるといった
    イメージにはなにか人がこの世界で生きていくのに大切な智慧が
    隠れているのではないか、この世界のバランスということに関して

    弘道館公園に
    散った銀杏の黄の絨毯に
    目を奪われる

    水戸芸術館
    友人の淺井くんが参加している
    『日常の喜び』
    入り口から階段を登ると、一番に
    泥絵の巨大な壁画にあっ、と思わされる
    パブリックな美術館にある泥絵の存在はとてもいい感じがする
    特に泥を削って描いた白い壁の凹凸を生かした表現
    土の底の蠢く生き物たちの金の煌めきに惹かれる

    ただマスキングテープを剥がして描いた直線部分は好きになれないが
    バランスとしては必要なのかもしれない

    他、日比野克彦の種と種の人
    文庫本のしおりが糸で作られたクレーンになってるやつ
    藤浩志の不気味なおもちゃの森

    白い部屋にクリスタルの粒子で描いた空間は
    目眩を起こさせる白い部屋のほうが語り、
    描かれたイメージは型が見え過ぎる気がした

    展覧会としては幅があっておもしろいのだが、
    やはり見終わってみるとどっと疲れた感じがする

    展覧会という幅を超えて
    美術館という枠を超えて届いてくるものではなかったのだろう

    きっと
    ものが化けるというようなことの
    ものとのつきあい方
    その水脈との齟齬、伝統との亀裂の問題なのだろう



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