Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2008-12-01 「母型」について

    内藤礼さんの「母型」について再び想い巡らしてみると、
    その茶室ということ、茶室というのはにじり口という
    入り口が狭く、武士は刀を置いてくぐって中に入る
    意味としては裸になる子供に戻るようなことだと思う
    この所作は古代の石窟古墳の入り口が狭く
    くぐって入ると中が広いという
    子宮を想わせる構造を持っている
    そして横笛庵は平らな天井がなく
    茅葺き屋根の傾斜がそのまま天井になって
    そこから糸が垂れている
    このイメージは産屋を思いおこさせる
    出産の際籠る茅葺きの小屋だ
    同時に暗闇に浮かぶそれは
    臍の緒のようなイメージもあるかもしれない
    そのことと、電熱器が大小二つ置かれていること
    熱と風という2種類の力によって呼び起こされる動き
    これは生命誕生の謎に接触するような
    歴史的な作品という気がする

    そして開かれた環境に見る人が存在することによって
    反応し、無限の変化を生み、動きを生み出すモノ
    これはいままでになかったモノの在り方を更新した
    美術の歴史ではなく、人の歴史を更新するような作品なのではないか
    モノというのは本来こういうイノチを宿したものだったというのことを復権する、
    モノにイノチをよびおこす
    これは歴史的な事件であり
    世界を変え得る作品であると思う
    だれかがこれを正確に発信し、伝え、
    残すことが必要と思います







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    コメント

    杉原さん、いやぁ。
    横浜で静かな革命がおきたね。

    あんなにはっきりと
    糸という無機物に
    「もののいのち」「なにかがいること」を知覚したのは
    はじめてかもしれない。

    文学、写真、音楽、踊り
    表現があらゆる方法で目指していた
    ものをあんなにはっきりと。

    茂木さん、池上さんみてほしかったなぁ!

    またなにかわかったことがあったら知らせてね。

    ちょうどこんなかんじに。

    「最も大いなる事件というのは、われわれのもつ最も騒がしい時間ではなくて、最も静かな時間なのだ。」(「ツァラトゥストラ」p209)

    あそこに宿っていたイノチが
    どう世界を変えていくのか、いかないのか
    記憶という場に生きつづける
    イノチは再び生まれ出る日を
    待っているのかもしれない

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    解釈を拒絶して動じないもの

    横にもリンクを貼っている 写真家の本郷さんのブログで 解釈を拒絶して 動じないものだけが美しい という小林秀雄の言葉が 紹介されていた。 ※本郷さんのブログ ■それ自身の存在のため/解釈を拒絶して動じないもの これをみて僕は 内藤礼の「母型」のわからなさに ひとつ

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