Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2010-01-29 「握手」アートコラボラボ8

    湘南新宿ラインが遅れて、
    電車に乗り間違えたりして
    ぎりぎりの時間に施設に着く

    ペンキ塗換えの足場も完全になくなった

    玄関の外にみんな出ていて
    なんだか元気だ

    施設の人も、
    新聞に折元さんのワークショップの記事が載ったんですよ
    と記事を見せてくれる

    なんだか、みんなウキウキしている
    折元さんのビックシューズのワークショップを
    30人がやったということで、
    みんなテンションが高い
    さすがというべきか

    このウキウキ感に乗って
    今日は出町さんが休みだというので

    ワークショップ参加のみなさんと
    一緒に机に座って粘土つくり

    絵を描く人、
    粘土を作る人

    とてもいい気分でつくる

    1時間ほどしてから

    広瀬君は来ていないので
    広瀬君の部屋へ

    今回は初心にもどって
    みなさんとワークショップしてから
    何も持たずに広瀬君と会う

    声と粘土のコミュニケーション・パフォーマンス
    何ももたないことの自由さ

    自然と言葉でも話しかける

    映像を撮りあい
    外を指差す広瀬君

    窓を開けて外の映像を撮る
    これが広瀬君が毎日おそらく見ている風景ですよ

    隣の部屋に行ってそれを覗く広瀬君

    粘土がなくなったので
    みんなのところに戻って
    見てまわる。みんなおもしろい絵を描いて
    紙粘土を作っている

    広瀬君は
    少しだけ絵も描いたけど
    土の粘土も主体的に作りたいわけではない

    なんにしろやる気を呼び出すまでには至らず
    今日もみんなのところには行かなかった

    そろそろ
    やはり真新しさ
    心の冴えた好奇心を刺激する処へ
    行かないと
    ならないのだろうなと
    想いながら、

    作業を終えた他の利用者さんが
    部屋に帰ってきた

    そして広瀬君ととても仲のよい
    カズヒロくんが来た時

    広瀬君はカズヒロくんの手をとって
    僕の手と握手するように促してくれた

    これはとてもうれしい
    できごとだった

    カズヒロくんと握手して
    今日のワークショップは
    おしまい








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        2010-01-29 「面とカミ声」アートコラボラボ7

    そろそろ声の表現でないことがしたいと思い立ち
    お面をつくることにする

    筑波山の登山道で拾った木の皮に穴をあけて
    簡単な木の皮面をつくって持っていった

    ワークショップがはじまり
    広瀬君の部屋へ訪ねる

    持ってきたバックに興味をもって
    中身を見せると
    お面の袋に興味を持ったので

    被って話しかけると
    笑いが溢れる

    こういった時に、
    石垣島のアンガマーや遊佐町のアマハギの声が
    呼び出される
    高いカミ声で

    ビデオカメラのテープの取り出し口に興味を持って
    それを開けると、自動的にテープが出てくる

    「ダメダヨ、ヒロセクン、ソーレ、コワレチャウカラ、アケタラ、ダーメダッテ、ホラ」

    と言って、閉めると、また開けて

    「ダーメダッテ、ソラ、ダーメダッテ」


    何度もやりとりする


    他のワークショップ参加のおじさんの
    茨城訛り言葉も混ざっているようだった

    そうやって、広瀬君との言葉によるコミュニケーションがはじまった

    映像を撮り合って、
    粘土を少し二人で作った

    今日も広瀬君は結局、みんなのワークショップ室には行かなかったけど
    言葉という領域に踏み込んだことは一つの前進

    と同時に物に頼ることについての弱さも少し感じつつ、
    真新しさに対する広瀬君の反応についても考える




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        2010-01-27 象潟、アマハギ、弥彦、小千谷

    つづく

        2010-01-27 ナゴメハギの年越し

    能代浅内のナゴメハギは
    秋田駅の観光案内所で調べてもらったが、
    何時ごろから始まるかも
    昼か夜かもわからないから
    とりあえず、行ってみるしかない

    東能代で下り
    歩いて浅内へ
    場所が分からないので
    近くの眼鏡屋さんで道を尋ねる
    途中のスーパーまでの地図を書いてもらい
    日の暮れた雪道を歩く

    途中のコンビニで地図を確認し、
    スーパー、アクロスで買い物をして
    出発しようとすると、
    物凄い風で自動ドアが封鎖されている

    浅内へ向かう途中の田んぼ道では
    突風で吹き飛ばされそうになるほどの風

    道に迷い
    人に聞いて
    大通りに出てやっと
    浅内への道がわかる
    信号二つ越えると
    ローソンがあり、浅内集落への曲がり角

    ローソンで
    さぬきうどんと餅入りキンチャクを食べてから
    コンビ二の人に
    ナゴメハギを尋ねると、
    8時くらいから始まるという
    ちょうどぴったりだった

    浅内集落へ再び歩き出す
    大通りを歩いていくと
    民家が見え始め
    遠目に
    ぞろぞろ人が歩いている
    蓑を着ていたようだったので
    急いで追いかけると
    ナゴメハギの行列だった

    追っていくと路地の家へと入っていく
    家の中では叫び声が聞こえる
    玄関で待っている子供たちに見てもよいか尋ねると
    わからないから次から聞いてみるという

    玄関で待っていると
    家のおばさんが出てきたので
    見ても良いか尋ねると
    どうぞというので、入れてもらう
    するとナガメハギたちは
    すでに宴席に座って酒と食事でもてなされていた


    それから
    別の子供がいるお宅で
    ナゴメハギが来るのを
    ずっと待たせてもらい
    食事やお酒まで
    振る舞ってもらう

    そして普段は早く来るが
    今年は一番最後の方で
    色々な話を聞きながら
    待って、

    山の神、翁などの番楽の面をかぶった
    ナゴメハギがやってきた

    太い低い声の
    面でくぐもった声は
    印象深い
    「なーにみてんだこらー」

    それから招いてくれたお家にお礼をいい
    ナゴメハギを追う

    月明かりの雪道で
    二手にわかれて廻っていた
    ナゴメハギが集まってくる

    このケラ蓑姿のナゴメハギたちは
    もうずっと古代から月明かりに照らされて
    雪道を歩いていたんだろうと思うと
    とても感慨深い気持ちになる

    ナゴメハギのリーダーが
    話しかけてきて、
    東京から来たんだけど
    テントで泊まってくと言うと
    とりあえず、青年会館にとまってけ
    と言ってくれる

    その後もナゴメハギの行列を追っかける
    途中の家の前で、警察がやってきて
    ナゴメハギが路上で車の前に出て危なかったから
    注意しにきたというが、
    なんだかんだ話して
    注意をうけてから
    帰っていった

    そのやりとりも
    ほほ笑ましい

    最初に会った年長のナゴメハギが
    ナゴメハギが家に入ってくるところを
    一度しか見ていないなら
    中で見れるか頼んでくれるというので、
    付いていくと
    男の子と女の子のいる最後の家の人がいれてくれた

    ナゴメハギに異常におびえる女の子を
    守る父

    振る舞い酒をあおり続け
    最後の家にテンションの上がった
    ナゴメたちが
    「ウオー 」
    と叫びながらなだれ込んでくる

    泣きながら
    いい子でいます、いい子でいますと
    言う女の子を引きずって行こうとするナゴメ
    ナゴメハギは若い奥さんもおそう

    そして餅もらいの少年たちが持っている
    餅と祝儀を入れる袋
    これが恐ろしいのだが
    この袋の中に子供を詰めようとするのだ

    昔は本当に袋に詰めたりしていたらしい
    ナゴメが来た次の日には
    子供たちは寝込んでしまったりしていたらしい

    それに比べたら、今のナゴメは入っても良いですかと
    餅もらいの少年が尋ねてから入るし、
    昔は子供と奥さんが見つかるまで、戸を壊してでも
    トイレ以外はどこまでも家捜ししたらしい

    連れも袋に詰められそうになって
    泣き叫んでいた

    最後の家が終わり軽トラに乗ったナゴメと共に
    青年会館にいく

    神仕事を終え
    ケラノミを脱ぎ
    人へと戻っていくナゴメ達

    宴会に呼ばれて
    ご馳走を頂ながら
    ナゴメハギと山形のアマハギの保存映像を見せてもらう
    色々ナゴメハギや浅内についての話を聞かせてもらう

    そんな
    ナゴメの宴会の中で
    年明けを迎えた
    これもすばらしい一年の幕開けだ

    ナゴメハギのリーダー
    若い保存会長は途中で疲れて寝てしまったが、

    再び起きてから話すと、
    とても無理なく
    自然にナゴメハギという伝統を守り伝えていこうとする
    態度、リズムに心動かされる
    そして凄く真剣にものを考えている

    秋田の浅内という大地の古代からの息吹を
    呼吸にして生きてきた男たちの姿
    一人一人が印象深い

    それでもやはり文化を残していくことは難しい
    一年に一度、神か化物になって人の家に入って好き勝手暴れて、
    それが祝福になるというすばらしい遊びを

    ほんとうに心から愉しんで、
    ほんとうに怖ろしかった昔のナゴメを
    現代においても実現できるかたちに変えて
    伝えていってほしい

    伝統というのはその時代にあった形に合わせて
    変わりつつ本質の部分を伝えていくことだ
    新しい息吹を吹き込まないと、衰えていくし
    本質の部分を失っても衰退していく
    そのバランスの上に立ってこそ
    伝承されていく
    (それを最もうまくやっていると思ったのが、
    石垣島のアンガマー祭りだ
    アンガマーは盆の祭りだが
    ウミーとウシュマイというおじいさんとおばあさんの
    面を被った祖先神が、花笠をかぶった眷属をつれて
    家々をまわる
    温かいところだからか、おもしろおかしく
    観客に混じったサクラと問答し、舞い踊る
    その問答が時事問題などを絡めた現代的でおもしろいのだ)


    その間にも外は物凄い風が吹きすさび
    建物の中にいても、どこか魂を持っていかれそうな
    おそろしい響きの
    自然が
    すぐ隣にある




    朝、途中で帰っていった青年会の若者たちの中
    数人残った、会長たちにお礼を行って

    元日の山形の遊佐町のアマハゲ目指して出発する
    初詣は青年会館横の神社だった

    それからハタハタのとれる
    浅内の海が見たくて浅内海岸を目指す

    奄美の与路島のカミミチ(神道)のように
    一直線に海へと道が続き
    途中には小丘の上に神社がいくつもある
    初詣のおばあさんたちが蝋燭に火をともす

    林の雪道を進んでいくと
    物凄い風の海が見えてくる
    防風林の松の植林
    雪と砂
    波打ち際では立っていられない程の
    大風が吹き
    寒さで泡になった海水が舞い上がる

    大風の海風の舞踏のような
    暴風

    この大風にのってやってきた
    古代の漂着神(ヨリガミ)、
    マレビトの姿

    海から吹く風によって
    吹きつけられた雪が
    松の幹に一すじの線を描いた森

    雪の合掌松のカミミチをあゆみて
    大風にのって舞ってきたナゴメハギ

    わりと時間がなくなったので
    急いで東能代へ行くが、
    海側から吹く突風や道を間違ったりして
    遅くなってしまった

    電車を調べると
    遊佐駅までの接続がわるく
    アマハギに間に合わない
    それでも秋田まで行って
    車を拾えば間に合うかもしれないと
    秋田に向かうが、

    強風で羽越線が一日中運休していたらしい
    代替バスが走っていたようだが、
    気づかず、一本逃してしまった
    もうアマハギには間に合わないので
    少し買い物をしてから、
    象潟をめざして
    代替バスに乗る

    象潟駅に着くと
    凄い風、行きに見た景色と一変して
    雪の世界になっていた
    寒い

    待合室は開いているので
    ストーブに当たって、今日の寝床について思案する
    駅は有人なので閉まってしまうようだ

    駅近くのマックスバリューで半額になった食料を買い
    ささやかな正月をたのしむ

    それから駅に戻って待っていると
    やはり駅は閉ざされてしまった

    しばらく歩くと道の駅があるので
    そこは二十四時間開いているので
    そこがいいと駅長が教えてくれたので、

    行ってみるとコンビ二が三軒くらい並んで
    電気の消えた道の駅
    元日だから休みかと思って
    屋台用の覆いの隙間にテントを張って寝ることにするが
    吹きっさらしでないだけで
    風が隙間から流れ込むので
    寒さで眼をさましながら寝る








        2010-01-23 津軽尾上、山神社、弘前

    大野一雄フェスティバルで出逢った
    津軽の舞踏家
    雪雄子さん
    吹雪のさなかの舞踏の歩(あゆ)まいが
    印象ふかく残っていて

    ふゆの津軽に遊びに来てくださいと言われていた
    のと、

    大晦日のなまはげにいこうと
    昨年
    男鹿でお世話になった方に連絡するが、
    おじいさんが入院して訪ねられない

    そこでなまはげの他にも秋田周辺に同じような風習があったので
    それを見に行くことにして、

    雪さんのお宅を訪ねる
    しかし長野からだと、弘前まで鈍行では一日で辿りつけない

    ひる
    すぎに出発
    新潟まで出て一泊していくことにする
    18切符で、
    新潟を越えれば弘前まで辿りつけるので
    泊まれそうな無人駅でコンビニのあるところを探す

    新潟は雪深いが
    海際まで来ると雪が少ない
    平林という駅で降りる
    海風は激しいが雪はない
    待合室にテントで泊まる
    向かいの待合室にもおじさんが泊まっていた

    新潟の水と土の芸術祭も行きたかったが、
    連れのバイトの日程が合わず終わってしまった
    残念
    雪深い新潟にテントはキツイということもあったが

    あさ
    始発前に散歩してから
    一路、青森を目指す

    日本海沿いのうつくしい
    あらぶる波濤の景色を眺めながら
    羽越線
    雪はほとんどない

    内陸の秋田に近づくと雪深くなる

    途中、碇ヶ関駅で
    信号トラブル
    1時間電車が止まる
    駅近くの温泉に入ろうかとも思ったが、
    真新しい温泉の建物と、
    加温しているということで
    時間もないので
    やめてホームで待つ

    とほく白鳥の啼き声が響く

    弘前に着くと
    日が暮れてしまったので
    少し歩き買い物をしてから
    弘南鉄道

    ふるいガタガタ鳴るような
    連結部の大きくあいた幻燈の腹なかのような列車で
    津軽尾上駅へ

    とても情緒ある佇まいの駅舎を出ると
    雪さんが迎えに来てくれる

    ひさしぶりに会っても
    その精霊のような
    弾んだ足どりに
    すぐにうちとける

    家に着いて
    旦那さんとは
    初対面だったが、
    一目会ったときから
    その柔和な笑顔に迎えられて

    年の瀬だというのに
    温かく招きいれてくれる
    人柄に、さすが雪さんの
    旦那さんだとすっかり
    うれしくなってしまう

    家の中には猫と犬が同居していて
    とっても温かく楽しいお家

    お酒を頂いて楽しく話し、
    泊めていただく

    次の日
    雪の降るなか
    雪さんに連れられ
    裏山の山神社と古代祭祀の巨石にいく
    犬の散歩と一緒に

    ゆきの果樹園と
    田んぼの路なか

    藁のロールが点々と
    色をおとしている空景が
    とても羽刷毛で心を掃いたように

    深い印象の跡
    ユキを踏む
    音の盲目のような
    世界のなかへと
    入っていこうとしていた

    藁の中に
    赤子を入れて
    身動きがとれないようにして
    農作業をしていた
    東北の暮らしを
    土方巽もまた身のうちに語っていたと言う

    ユキの果樹園を駆けるようにして
    登っていくと
    神社の鳥居の下に奇妙な注連縄があって
    それは肥大した注連縄
    女性器の唇のように
    三本綯いで綯われた

    参道、産道の
    ようにして
    山神社への路を
    ユキ降るなか登っていく

    つづく鳥居の細い注連縄には
    黒墨が鉱石のように編みこまれている

    杉の林を抜けて
    山神社に着く

    馬の石像がある
    津軽の神社には馬子(まっこ)がいて
    おばあさんたちが元気なところでは
    馬子(まっこ)に頬かむりがしてあって
    と話す雪さんの言葉のかわいい響きのなか

    さらにうへの
    古代祭祀の巨石をめざす

    水場があって
    水がちょろちょろっとでている
    ひしゃくで掬いあつめて
    口にふくむと
    とても爽やかな気分

    その杉林の合間からのぞく
    雪のつもった池には
    花が咲いてとても美しい季節があると
    雪さんが教えてくれる

    その樹樹の合間に
    ふるゆきの
    そのやはらかなゆきの時間が
    まるで銀河が降るようにして

    まっ白なゆきの降る
    まっ白なゆきの降る
    星の中を潜っていくようにして
    みている時間の間

    ユキが崩れて
    薄膜のようになった光の裾を
    めは拾っていく

    その古代天文台に降る雪の
    銀河のユキの穂綿のような
    時の時間の姿に

    眼を忘れていた

    水が流れ落ちる
    姿をひじょうにゆっくりとさせた
    その時間の合間に惹きこまれていた

    再び古代祭祀の巨石のもとへ
    歩き出し、

    巨石の前で
    顔に見える石は涙を流すように
    濡れているときがあると言う

    池まで下り
    白い平らな雪の池に
    降る雪の合間を縫って
    踊っているビジョンと共に
    犬の鳴き声を真似て
    啼きながら
    すごす


    家まで戻り
    降り積もった雪の
    雪かき

    その後、晴れてきて
    山田スイッチさんのお宅にある
    竪穴式住居を見せてもらいに行くが
    山田さんは実家に帰って留守だったが
    竪穴式住居だけ見せてもらう
    隣の神社にも
    馬っ子がいた

    その帰り、温泉につれて行ってもらい温まり、
    帰って、雪さんの公演の映像など見せてもらう
    ロシアのすばらしい公演の映像
    年末まで仕事だった旦那さんが帰ってきて
    一緒に食事をして
    楽しい時間を過ごす

    大晦日

    土方さんの話や
    一雄さんの話を聞いた

    雨の日は虫の稽古をするといい
    という一雄さんの言葉を教えてもらう

    旦那さんが昼に帰ってきて
    稽古場を見せてもらってから
    弘前まで送ってもらう

    村上義男さんがデザインした
    津軽塗資料館、田中屋さんで
    お茶を飲んで

    駅で
    雪さんと別れ
    電車で秋田県能代をめざす

        2010-01-20 「そぞろ歩きのかくれんぼ散歩とペンキ塗り替え」アートコラボラボ6

    年末年始のふゆの津軽、ナゴメハギ、アマハギと
    鎌倉の内藤礼展と

    じゅうぶん鋭気を養って
    コラボラボ
    施設はペンキの塗り替えをやっている

    ワークショップ開始
    広瀬君はいないので
    準備をしてから
    部屋へ

    毛布を被って冬眠状態のような広瀬君と
    声でうたいかける

    いつものそぞろ歩き
    広瀬くんのかくれんぼ散歩がはじまった

    二人で紙粘土で遊ぶ
    助走をつけたように

    外へでる広瀬君
    しかし多目的室の下の階段まできて
    ペンキ塗り替えの養生と覆いをみて
    足が止まり

    そのまま帰ってしまった
    それからは眠くなったのか眠りについてしまう

    あのとき進んで先に階段を登ったら
    ついてきたかもしれない

    わからないけれど

    空間の変わり具合が心に及ぼす
    皺というか影響のつよさ
    それに敏感に反応する広瀬君

    そういえば、シートに覆われて光は入っても
    窓の外の風景は見えなかった
    閉じ込めらる空間には行きたくないのは
    当然かもしれない

    どうも

    水のなかの水のように
    幻視する眼差しと

    ほほえみのなかの森のような
    授産施設に差す光には

    自分のなかで
    すこし位相がズレた光の差しかたが
    あったのかもしれない
    ガラス一枚挟んで

    これを融かして
    その水のひかりのなかへ






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        2010-01-19 小京都旅行、慶應詩学レポート、荒木町

    18切符の残りで

    今年の10月に開催予定の
    日韓展の京都展の下準備に行く

    4時の始発で京都へ
    昼過ぎに着き、

    鴨川沿いを歩いてPonto15というギャラリーに向かう
    元立誠小学校の近くにあるが
    ギャラリーのオーナーの電話番号を間違ってメモしていたようで
    電話が繋がらない

    仕方がないので、
    交番で尋ねるが、
    できたばかりのギャラリーなので
    分からない

    ただ先斗町という
    所にあると言うと、
    一本の通りの名が
    先斗(ポント)町というので

    その通りを探す
    先斗(ポント)町というのはおもしろい名だ
    そうするとPonto15ということは
    先斗(ポント)町15番地かと
    探してみると
    路地の中に発見

    オーナーのLiccaさんに
    会うことができ、休廊中のギャラリーで
    すごいお酒のコレクションを頂きながら
    話をする

    先斗(ポント)町の由来は
    英語のpointのポルトガル語
    ponto「先」の意からついたものらしい

    ウィキペディアによると
    鴨川と高瀬川に挟まれているため、
    堤であると捉え、鼓が「ポン」と鳴ることに掛けて、
    「ぽんと」となったという説もある
    らしい

    元立誠小は
    お役所管理なので
    土日は見学できず残念だったが
    外見はすごく雰囲気がよく
    すぐ前に高瀬川という小川もあり
    先斗(ポント)町という花町のただなか
    とてもロケーションがよい
    水にひらかれた地
    ここで展示できたらとてもおもしろいものができるだろう

    Liccaさんの飲み友達の
    京都アートカウンシルの代表の方も呼んでいただき
    とっても楽しく飲み明かす

    次の日
    展示会場の下見
    歩いて法然院に向かう

    途中、八つ橋の元祖のような店に入ると
    試食とお茶と小饅頭までだしてもらい
    買わないわけにはいかないような
    おもてなし、
    さすが京都
    でもおいしかったし
    250円で売っている小サイズの
    生八つ橋があったので、それを買う

    路地に建つ地蔵の小さなお堂が
    いたるところにある
    口紅をつけたり
    化粧をした地蔵たちが
    かわいらしい

    途中吉田山の茂庵という茶室のあるスペースも
    訪ねるが、基本はカフェで、茶室も茶会のみで
    展示等は知人にしか貸さないという
    いちげんさんお断りだった

    吉田山は天皇陵や神社や稲荷がある
    おもしろい空間だった

    山を下り、法然院へ
    とても雰囲気のよいお寺だったが、
    講堂を使った展示の予定は埋まっていて
    借りることはできなかった

    下鴨神社へ
    昔来たことあると思っていたが、
    行ったことがあったのは上鴨神社で

    おそらく初めて来た場所だった
    河合神社、鴨長明の「方丈の庵」
    小川沿いの路をゆく
    糺の森 (ただすのもり)

    石を敷き詰めた
    平安時代の古代祭祀の遺跡

    小川に下りる石段と
    禊ぎの水場

    御手洗社
    の石敷きの下に流れる水
    みたらし団子発祥の地らしい
    池底から自然に湧き上がる水泡をかたどったらしい

    本殿の敷き石

    社殿地外にある
    奈良の小川の中洲島
    奈良殿神地
    舩島の
    石敷きの磐座と井戸
    無社殿神地


    急いで
    日が傾いてきたので
    遊空間uを目指す

    町屋街の真ん中に
    庭と洋館
    すごい気配の宿ったものの置かれた空間と
    裏庭はかなり広い荒れ庭といった感じで
    畑などもある

    ここをつかった展示は
    おもしろいものができそう
    オーナーと話して

    日が沈み

    昼飯もろくに食べていなかったので
    近くのスーパーで買い食い
    和菓子屋で
    豆大福、六方焼というのを食べるが、
    さすが京都、とてもおいしかった

    飯屋を探しながら先斗町に向かうが
    日曜なので、よい所が見つからず
    結局、先斗町近くの餃子の王将に入る

    大阪王将のほうがいいのだが、
    見つからなかったので、しょうがないが
    チェーン店にしてはうまいのではないか

    京都一日歩きの疲れを終え

    Liccaさんと少しお酒を飲んで
    一日の成果を話し、寝る
    すぐに始発で東京に戻る

    二日間ではぜんぜん足らない
    京都という町のおもしろさに惹かれ
    後ろ髪引かれる思いで
    鈍行に乗って帰る


    慶應の吉増剛造さんの最終講義の
    教場試験レポート

    大変多くのことを学んだ場
    思う存分書くことのなかで
    遊ぶ
    遊ぶことの意味

    書いていくことで

    子宮のなか
    羊水のなかで遊ぶ
    胎児の笑顔という
    ビジョンに出逢い


    6月に慶應で行われる予定の
    吉増さん笠井さんのイベントに向けて
    アートセンターを訪れる


    その後
    四谷でやっている中嶋夏さんの
    稽古に顔を出そうとすると
    道端で帰りかける夏さんに偶然出会い

    四谷の花町、荒木町に連れていってくれるというので
    飲みに行く

    怪しげな路地の奥
    ビル街に唐突に空いた
    津の守弁財天という芸能の神を祭る社と
    策(むち)の池(通称かっぱ池)
    というすり鉢状の地形
    椅子や机が置いてある小空き地
    で一服

    秋田の居酒屋で
    おいしい日本酒と秋田のツマミを肴に
    夏さんと飲む
    いい時間
    ほろ酔いで





        2010-01-12 「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」内藤礼

    幻視 
    幻を視る瞳(メ)
    のまなざし

    その
    切実な震え

    ただ
    見ているだけで
    涙がでそうになる


    晒されることのない
    聖域のもつ静けさ
    うつくしさ
    気配を纏って


    内藤礼さんは
    言葉を紡いでいた


    アーティストトークの前
    内藤礼さんの言葉
    神戸大学の特別講義録の本を読んで
    うれしくなってしまって
    撥ねあがるようにして待ちわびていた

    展覧会のカタログに寄せられた
    言葉の
    風に揺らめくリボンの
    精霊の
    ひらめく刹那の耀きのように
    鮮やかな言葉の端々


    ものすごくたくさんの
    人たちが
    内藤さんの話を聞きに集まったことが
    とってもうれしい



    朝一で
    鎌倉にある神奈川県立近代美術館に行く
    すでに3、4人の人がチケット売り場で待っている
    開館時間になって会場に入る

    二階の暗闇のガラスケースの中にライトが幾つも点る部屋
    風船が頭上に吊られ、しづかに漂っている
    その揺らめき

    ガラスケースの中にも入れるというので
    一番乗りで入れてもらう
    靴を脱いで段の上に上がり
    通路状のガラスケースに入る

    輪っか状の襞のように置かれたクリスマスライトの下には
    カラープリントの布が敷かれ
    折畳まれたプリント布
    貝紫染めの布
    ガラスの内と外に対に置かれる
    ガラス瓶
    などが置かれている

    小さな透明な球と風船がフロアーとの段差分
    高く吊ってある

    反対側からも人が入ってくるので、
    一通り見てから出る

    全体を見ると
    フロアーの空間
    ガラスケースの中に入れる空間
    ガラス越しに見る空間
    開いたガラスから覗き込んで見れる空間があり

    ガラス瓶が小さな透明な球を挟んで対に置かれている
    プリント布が重ねて敷かれた端にちょうど合わせて
    透明な球がくるように

    奥側の対の二つのガラス瓶の口の部分
    蓋をとった捩れの部分がクリスマスライトの光を浴びて
    うつくしい光の散り方
    通いかたをしている

    折畳まれた布地と
    布地の部品なのだろう襞状のものが
    置かれたり
    円く輪っかになっていたり
    オーガンジーのリボンが輪っかで一つ
    三つ繋げておいてあったりする
    造形物もうつくしく

    女の人の折畳んで
    畳の上に置くという仕草
    その跡の光景を思い浮かべる
    でもすこし細長い空間なので
    それとは違うものかもしれない

    他のガラスケースは人がすでに並んでいたので
    とりあえず、混む前に全貌を見るため
    他の部屋に行く


    中庭には空に届くように長いオーガンジーのリボンが揺らめく
    天気がいいので空にはえて
    精霊の風のうつし身

    廻っていく
    その動きのおもしろさ
    間近を通う一瞬の光の煌き
    ものが光のようになる刹那
    の色

    ただ真ん中の彫刻が
    イサムノグチのコケシだというが
    どうも好きになれない

    それでも一日ずっと精霊のリボンがコケシと戯れているのを見ていると
    全体の印象の記憶としてはよいものになっているのが不思議


    石の回廊には透明ビーズを積み重ね
    天井から吊って
    風ですこし揺らめいているものが二本と
    中庭側の光に向かってガラス瓶が置かれ
    水が入っている
    これらは漲る水ととともに三点で空間をつくっているような気がする
    自分の中にイメージが立ちあがる

    回廊の周りは池に囲まれ
    石の手すりの上には水の入ったガラス瓶が三箇所に置かれ
    池の上にはビーズの重ねたものが弧を描いて
    吊ってある

    開館直後にちらっと見た時はガラス瓶の水はなんともおもわなかったが、
    今度はなみなみと注がれ
    表面張力で光がたわんで漲っている
    底には水滴がうつくしい模様を描いている
    朝は自然蒸発していたのだろう

    どうして池に囲まれた空間を一つの作品でしか生かさないのか
    不思議に思っていた
    水面ということだけど

    遠くから見ると光の反映でうつくしい池も
    よく見るとすこし油が浮いていて
    泥で水面はあまり美しくない
    これを使うにはまず池をきれいにしなければならないのだろう

    その水に捧げられた水
    石の手すりの上に置かれたガラス瓶に漲る若水が
    油の浮く泥の池という背景を視野のうしろに漂わせて
    いっそうその光の在り方を際だたせているのかもしれない
    この絶妙な捧げかた

    この不思議な形をした美術館の在り方に
    石の手すりという突端に置かれた水と光の漲る境界は

    ここに置かれるべくして置かれた
    建築と環境と響きあった
    ただ一点として
    置かれている

    それが捧げる
    ということだろう

    二階のもう一室は
    自然光のうすぐらい部屋に
    青味のプリント布が波のように壁側から
    敷きつめられ
    光の反射が矩形の模様を作っている
    端に丸い白い薄紙が重ねて置かれている他はなにもない
    不思議な空間

    薄紙には小さくなにかが書いてある
    これは新生児の足の裏のサイズで
    おいで
    と書いてあるものらしい
    一人一枚持ってかえることができる

    それで再び
    ライトの部屋へ
    今度は一人で入れる
    ガラスケースに空いているときに並ぶ
    一人を待つだけだったが

    その時不思議なことがおこった
    口に手をあてて

    ああ、待っている間に
    こうやってゆっくり空間を眺めているのもいいなあ
    と思っていると

    なんだか心臓の鼓動が
    ドクドクと響いてくる
    朝のまだ人のまばらな静かな会場
    薄暗く光の点る
    内藤さんのつくった空間のなかで
    急に心臓の鼓動が聞こえてきたのだ

    別に緊張しているという意識はないのだが
    とても不思議な体験だった
    そして前の人が終わり
    ガラスケースの中に入ると
    鼓動は聞こえなくなり

    一人だけの空間をじっくり味わう

    水の中の水という言葉
    死者と生者

    うつし鏡


    ガラスの向こう側の風船は
    近いのにこちら側の空気の流れとは違った流れで動いている
    その二種類の風の動き

    触れられそうで触れられない
    でも隣り合って存在しているような
    不思議な感覚

    ライトは映りこみ
    風船も虚像をかさねる
    ガラスを挟んで対に置かれたガラス瓶
    フロアーから覗き込む観客

    ガラスケースの中から眺めるほうが
    豊かな世界が見える

    すこしカラープリントの布は
    少女趣味的すぎるのではないかと感じていたが、
    それはあくまで装置のようなものであって

    そこに漂うものは
    ガラスという境界と空気の揺らめきに呼び起こされる
    私たち見る人の身体そのものなのではないか

    オーガンジーのリボンが風によって命を吹き込まれるのと同じように
    この空間はそこに訪れる私たちの身体そのものによって
    命が吹き込まれているのではないか

    空間に包まれて待つという行為の中から生まれる鼓動
    ガラスの世界に包まれることで現れる
    他者との眺め合い
    其処には常に空間の歪みのような
    揺らぎが存在して

    他者、自分、生者、死者、
    影、記憶、夢、それらの境界があいまいに揺らいでいく


    三渓園、横笛庵の母型との出会いの体験は
    別格とも言えるものだったので、
    それを越えることは容易ではないと思うが

    また違った方向に非常にラディカルに進みつつ
    空間を呼び起こしている

    ギャラリー小柳の前々回の細かい穴が穿たれた小紙片
    発電所美術館の水滴のつくる紋と出会った瞬間の
    ゾクッとするような感触の作品にも出会いたかった気もするが
    今回の方向性もおもしろい


    昼になったので昼食をとりに外へでて
    焼き餅やサンドイッチなど食べ
    すぐに美術館に戻り
    図録や本を読む

    トークの一時間前から再び
    作品を眺めるが
    人がぎっしりで行列ができている

    内藤さんの文章に刺激されてか
    貝紫染めの布を折畳んで置いたものが
    ガラスケースの外側のサッシに
    むき出しに置かれているのが
    ネジ穴が傷のようで
    その精霊の色の布の置かれ方に
    なんだか傷ついていた


    トークが始まる時間だが
    チケットを買う人の行列ができ
    開始がすこし遅れた
    中庭にはぎっしりと人が集っている

    内藤さんの言葉で一番印象的だったのは
    最後に質問した人に対する答えで、
    男の人にはわかりにくいかもしれないけれど
    女の人にも母性が必要なんです
    という言葉だった


    ガラスケースの中を生者の世界
    外を死者の世界と内藤さんは言っていた
    その発想自体すごいと思うけど


    見る側としてはガラスケースに段をのぼって上がるというのは
    夢の世界に入っていくような
    水族館の水槽の中に入っていくような
    どちら側かといえば、非日常、死者の世界の軽さに近づくことのように
    感じていた

    生者に対する慰めとしての飾りつけが必要ということも
    わかるので、そこら辺は別に作者と見る側の視点が一致している必要は
    ないのだと思う

    トーク終了後
    たくさんの人が内藤さんのところに
    質問、感想、握手、サインのため訪れる

    ずっと近くで話しに耳を澄ます

    その中で
    驚嘆したのは、
    あの三渓園の横笛庵の糸の先の輪っかが
    ビニール袋を裂いたものだったということ

    あの生命を宿した
    もの
    ものの在り方を更新した
    生の誕生にまで触れえる
    あまりにもうつくしい存在が
    工業製品を素材にしたものだったということの
    この驚愕

    ああ、石油製品というものの
    石油という科学物質の本質
    古代の生物の屍骸が変化したか
    星の誕生からの無機物か菌によってかわからないけれど
    とこしえの生物の歴史さえも越えるような
    うねりの記憶を宿した物質の

    その真の姿の意味を
    その記憶を呼び覚ました

    すべてにいのちのきおくがやどっている
    それをあらわにすること

    その最も遠い記憶を
    あらわにすることで
    最も生命にちかづいた
    もの

    まったく自然や命から隔絶されたように
    工業的に加工されて、大量消費、捨てられていくもののうちに
    秘められた意味を
    美を

    現代のその素材でしかなしえないこと
    これには深くこころうたれた

    工業製品に命を宿らすこと
    それは現代における巫女の姿
    だからこそあれだけ多くの人が
    内藤さんのもとに集うのだろう

    縄文の巫女のつくったであろう土偶
    その巫女と鎌倉の美術館に集った人々と
    その周りを漂っていく
    精霊のリボン
    内藤さんに同じ巫女の姿を
    幻視するようだった



    トークの中でも
    中庭のオーガンジーのリボンが
    シルクではなく市販のポリエステルだということを
    話していたけど

    寧ろ佐久島で見たシルクの貝紫染めのオーガンジーより
    うつくしかったようにさえ見える

    トークの最中も揺らめき漂う精霊は
    観客の頭を撫で
    通りすぎる
    うつくしい光景
    知らぬうちに恩寵が舞い降りているように

    風の舞い
    無垢の踊りをつづけていた

    空に舞い上がり
    漂う精霊の舞いの
    光のかげのようなうつくしい
    さま

    風だけがあっても
    リボンだけがあっても
    これは見ることができない
    と内藤さんは言う

    その二つがあって初めて
    精霊の姿はあらわになるのだ

    ちょうど行きの電車で
    折口信夫の処女小説「口ぶえ」を読み終えたのだが
    主人公が出奔した旅の途中で
    塚の上に淡紅(トキ)色の蛇がいるのに恐れ慄くのだが
    草の上に揺らめく淡紅(トキ)色の細紐だったという
    シーンが印象的に描かれている

    昔の人が精霊というものを
    呼んだ始まりとは
    そういうものだったのだろう

    閉館時間までいて
    お礼を言って帰る
    最後に見た池の上のビーズの弧が
    昼間の印象とはまるで違う
    幽玄な光を放ってうつくしかった

    友人も何人か来ていたのだが
    偶然駅前のカフェで
    友人に出逢い

    帰る
    電車のさなか

    紙粘土で

    躍るばを
    カタチをつくっていると

    突然

    水の中の水

    水の中を泳いでいる
    私はつくることで
    水の中を泳いでいる

    指先に触れている泥の中で
    泳いでいる

    踊る
    大野一雄さんの
    姿

    ああ
    だから河童だったんですね
    一雄さん

    羊水の
    胎内で
    踊る一雄さん

    釧路湿原まで行って
    踊っていた一雄さん

    そうか私たちは
    水の中の水のように存在しているのだ


    いう


    出逢っていました




    ありがとうございました




    内藤礼さん













    内藤礼
    「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」

    2009年11月14日 ~ 2010年01月24日

    開館時間
    午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

    休館日
    月曜日
    1月12 日(火曜)

    神奈川県立近代美術館 鎌倉

    〒248-0005
    神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 
    電話:0467-22-5000(代表)


    観覧料
    一般 700円(団体600円)
    20歳未満・学生 550円(団体450円)
    65歳以上:350円
    高校生:100円

    団体料金は20名様以上から適用されます。
    中学生以下、障害者の方はすべて無料です

    http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2009/naito/index.html











        2010-01-12 あけまして

    年末、年始と東北をテントで旅し
    やっとひと段落しています。

    茨城県での障がい者の方との展覧会のワークショップが
    茨城新聞の元日に載っていたそうです。
    http://artcolabo.exblog.jp/9553467/
    ありがたいことです。






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