Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2009-06-22 写真片

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    ソフトフォーカスの磐座

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    丸川の丸石

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    秘境駅の祠

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    強清水

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    峯の湛、薙鎌の月


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        2009-06-17 中条村、歴史民俗資料館

    中条村、宮遺跡

    復元された竪穴式住居二棟、天井が高い


    中条村歴史民俗資料館

    役場に併設される
    化石群、触ることもできる

    縄文人の頭骨、翡翠の原石、石器
    土器など

    民具のコーナーで

    タイとスルメと昆布を載せる三式に眼を奪われる
    縄文土器の紐のうねりの空間と直結する

    三式は結婚式の結納でつくられるものらしい

    縄文土器が結納でつくられた可能性と
    タイとスルメと昆布を載せる三式の紐は
    すなわち波だとすると

    縄文土器も波、水の渦を宿した
    生け簀のような
    うつわであった

    縄文土器→三式→水引
    の水が水平化していく流れをみる

    生活空間の平面化によるのだろう

    DSCF1928a.jpg

    DSCF1933a.jpg

    紫の燕の糞

    DSCF1935a.jpg

    田植えの
    泥と光と水面の
    あしうらの深さ

    眼だけではないものの
    在り方
    足の裏の深さ






        2009-06-17 「光の棘」と秘境駅



    名古屋の秘境駅と呼ばれる駅に降り立ち
    しばし散策する

    切り立った崖沿いに歩くと
    蜘蛛の巣が花雲のように揺れている

    なんとも魅力的な自然散策路の入口で
    斜面の上に祠が見える

    登ってみると赤い紐のついた扉のある祠と
    長丸石がひとつ置いてある

    Image268a.jpg

    緑の鍾乳洞のような木々の中
    さらに急な斜面を登ると
    トンネルがあり
    中に入ると

    廃線になったトンネルの
    古色したレンガのアーチの
    剥がれた色のロンド

    ここに来れてよかった

    名古屋駅に着き
    地下鉄で
    八事駅、中京大学Cスクウェアで
    吉増剛造展「光の棘」を見る

    北海道立文学館で見たものもあったが、
    また印象がぜんぜんちがう
    「表紙」の写真の二重露光の甘美な色の
    そのパノラマサイズの窓がたくさん集まった部屋には
    色の遍路のような奇妙な歪みが生じている

    カーテンをくぐると椅子だけが置いてある
    部屋でながれる「柴田山」のパフォーマンスの音声記録が
    凄まじい声のこころ
    ポーブロスさんの何かを呼び出すようなギターの声の傾き
    が壁をへだてて耳に届く中の展示

    ピンチハンガーも吊られている
    吉増さんが銅板を叩き始め
    それから倉石信乃さんのと対談が始まる

    配られた吉増さんのフリーペーパーに貼られたコピー
    『アイヌ語地名小事典』の拡大されたアフンルパルの写真が
    舟にのった人たちの記憶の揺れをかさねて
    その内臓的な空間の紐のような襞のビジョンに
    眼が奪われる
    それはまた縄文土器のえぐられるような襞を裏返したような
    器かもしれない
    アフンルパルは道路造成で欠けてしまったが
    それでも、実際に行った印象より写真のほうが大きく感じる

    ロバート・フランクの写真に書かれた文字もまた
    内臓から捻りだされたような文字の震え

    写真には写りづらいまいまいず井戸を
    写すようにパノラマサイズで撮られたアフンルパルの写真が
    写らないものを写す始まりだったのだろう

    東京に帰るが、三島の
    箱根の関で終電を迎える
    10時台だったのに
    前もこういうことがあった
    その時は修善寺に行ったっけ

    それから仕方ないので
    少し戻った駅で下車し海へ

    高い堤防を越えると砂浜と海の家があり
    寝袋を持ってきていたので、
    海の家の屋根付きベンチの上で就寝
    足指の間を吹く海風が心地よい
    しかし蚊が寄ってきて刺されて
    なかなか眠れず
    夜明けごろ目を覚ますと
    車がたくさん堤防を降りてくる
    釣り大会でもあるようだ

    波打ち際で石を拾い
    睡眠不足で歩きながら
    白隠生誕の地と産湯の井戸に寄ってから
    帰宅
     






        2009-06-17 白髪一雄~格闘から生まれた絵画~

    豊科近代美術館で行われている白髪一雄~格闘から生まれた絵画~展を見に行った

    豊科近代美術館は初めて訪れたが、
    山なみのうつくしい、バラ園にかこまれたなんとも安曇野らしい雰囲気のある美術館だ

    白髪一雄は何点か見たことがあり、
    足で絵を描くということで
    気になっていた作家ではあった

    昨年亡くなられ、回顧展的な展覧会
    豊科近代美術館のレトロな雰囲気の背筋がぴんとするような空間に
    白髪さんの溢れるような絵の具の奔流する画面があらわれるのは
    とてもよい組み合わせだった

    とくに初期からアクションペインティングに移る過渡期の
    内臓のような赤色の無題の作品には共感するところがあり、
    力強いアクションペインティングの作品にも
    引き込まれるものがあった

    現代能の真っ赤な鳥の羽根のような衣装と
    その記録映像もおもしろかった

    そしてなにより、
    密教で得度した作者の祈りを捧げてからはじめる
    制作の記録映像にびっくりしていた

    床に布を敷いて
    その上に絵具をぶちまけ
    足で滑りながら描くのだが、
    その中心に綱がぶら下がっていて
    それに掴まって遠心運動をしながら
    足で描いていく

    その真面目な風貌と絵の具にまみれながら
    遊ぶように滑る身体のありようと
    真剣な表情のギャップに
    笑ってしまう

    突き抜けた遊びの感覚
    これこそ創造という場だな
    よいものを見た

    それは産屋で見たお産でしがみつく縄を連想させる
    誕生の場で血とともにもがくように生み出していくこと

    絵の具の、血としての、泥としての
    泥遊びの記憶
    その舞踏

    中西さんの長い筆もそうだし
    白髪さんの手ではなく足という

    自分のコントロールできない場を生み出していくというのは
    なにかその時代の基本的なあり方なのかもしれない

    とにかく豊科でこんなものが見れるとは思わなかった
    尼崎と横須賀を巡回するそうです










        2009-06-01 田植えの泥に降り立つ光

    木崎湖の懐にひろがる稲尾の田んぼで
    今年も友人の田植えが行われた

    今年は多くの参加者が集まり
    7枚の田んぼぜんぶが手植えで行われた

    もうすでに5枚の田んぼを植え終わり
    残すところ2枚というところで参加した

    その田んぼは休耕田で荒れ地になっていたのを
    耕し、去年は合鴨の住む池になっていた場所だったので

    多少、田んぼの泥というより粗めの粒と石を足裏に感じた(自然の沼地に近いのかもしれない)
    友人の奥さんはここの泥がいちばんよいと言っていたが、

    去年の田んぼで感じたなめらかな記憶の泥の底のような感じには物足りない感触でもあった

    その日は始発で東京を出発しての参加だったので
    すぐに昼になって昼食をごちそうになってから

    一度家に帰って半日参加すると言っていた母親を迎えに帰っていたら
    雷雨が降り始めてしまった

    田植えできるかなと思って田んぼにいってみると
    雷が落ちるから危ないので、やめましょうと
    友人の家に引き返しお茶を飲む
    しばらくすると雨がやんだので田植えを再開する

    東京から阿佐ヶ谷の元我堂というギャラリーをやっている友人達もやってきて
    均等に赤いしるしがついた紐をまたいで左右真中と三本づつ植えていく

    深く植えると、稲の生育が阻害されて手植えをする意味がないので
    指の第一関節くらいまで泥にもぐらせて
    泥に置くようにして植えていく

    最初はしるしをいちいち確認しながら植えていて
    ゆっくりとしか植えられなかったが、
    だんだん身体感覚が30センチくらいの幅に慣れてきて
    手早く植えていけるようになる

    鴨の池だった田んぼを植え終わり
    その向かいの田んぼの補植をする

    大勢で子供も交えて植えた田んぼなので
    深植えになっていたり、植え忘れがあったりするのを直していく
    なめらかな泥の感触を味わう

    友人はその日に届いた鴨の雛について
    田植えの手伝いに来ていた今年から合鴨農法を始める人に
    説明しに行った

    日が暮れて補植が終わり解散
    その後、うちで夕食を食べる

    今年から大町に住むことを決めた別の友人が山菜をたくさん採ってきて
    てんぷらを作ってくれた

    急な来客があり、なにも準備ができなかったので
    ありがたい

    おいしい夕食とおいしいお酒を飲んで
    明日の田植えに備える

    次の日の田んぼは友人が稲尾で初めて始めた田んぼで
    湧水が湧いている田んぼ
    制作の為に藁を分けてもらった田んぼでもある

    今年は不耕起農法を試すので
    耕していない部分があり、草が生えている

    素足で入ると水はつめたくとも
    なめらかな泥の中はあたたかく
    なんとも言えない感触

    もぐらに穴を開けられ水が張り切れなかった部分には草が生えていて
    土が硬くなっているので、指で穴を開けてから植える

    水が張ってあった部分は機械で耕された
    田んぼほどはなめらかすぎず適度ななめらかさで

    はたしてどっちの泥がよいのかわからないけど
    稲の成長が答えてくれるだろう

    昼飯を頂きに友人宅へいくと、
    鴨の雛が首を痙攣させるように振りながら
    餌をほおばっている姿がとても愛らしい

    食事をしながら話していると
    連れが先日見に行った中西夏之さんの展示の話を始め
    着水ということについて話すのを聞いて

    中西さんの絵画の鉄球の配置と筆触の撥ねのイメージが
    稲を泥に置いていく、
    動作
    その着水、田んぼの水平面と、苗の揺れ

    「画家が立っているのは地面ではない
    地面よりすこし浮いている場所だ」
    というのは、
    田んぼの泥のような場所に降り立つことではないかというイメージ

    画家が立つ地面としての田んぼ 

    それは土方巽の東北の田園風景のイメージとも重なり
    大野一雄さんの踊りの場所は胎児のいる胎内です

    としての不安定な
    柔らかな地面としての生成の場
    ランディングサイト―降り立つ地

    足裏をくすぐるように語りかける泥の声のようなものが
    くぐもって光が降りてくる
    けむりが昇るように光が降りてくる
    その運動と
    光と水

    絵画を響かせる

    田んぼの稲の若葉の命を
    水面の光とともに響かせる風ということは
    百姓人としてはありうるのではないか

    (中西さんの主要なテーマに「波打ち際にて」がある)

    縄文のうねるような空間性から
    弥生の稲作の水平面の空間性と
    絵画の誕生についてのイメージ

    泥の深さ

    田んぼにはなにかが降りてくるのではないかという
    イメージを抱えて

    田んぼに素足を差し入れた
    田んぼの泥に降り立った時の
    身体と思考―脳にはなにかが降りてくる予感のようなものを感じながら

    元我堂の友人たちが帰った後も
    薄暗くなるまで稲を植え続けていた
    それは
    なめらかなあたたかい泥の感触が
    いつまでも楽しくてしかたがないからでもあった

    幼いころの泥遊びの記憶
    それは生命をはぐくむ
    大地の子宮のあたたかい泥、血の息吹の海の記憶に
    足をさしいれることだったのかもしれない

    友人宅で冷えた体を熱燗の
    おいしいお酒であたためて
    といってもまったく寒さは感じなかったけど
    お酒はとてもおいしかった


    田植えの最終日すこしだけ田植えを手伝って
    最後の田んぼも植え終わり

    風になびく稲の苗の若葉の葉先がふるえている





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