Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

  • experience (12)
  • news (60)
  • exhibition (31)
  • word (47)
  • essay (4)
  • film (4)
  • review (30)
  • journey (59)
  • photograph (6)
  • performance (10)
  • architecture (2)
  • book (2)
  • workshop (13)
  • review&journey (1)
  • memo (2)
  • livepaint (0)
  • 最近の記事

    最近のコメント

    最近のトラックバック

        -------- スポンサーサイト

    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

        2007-09-28 茸採り、噴湯丘

    大町病院に祖母が入院して、見舞いに行くと、
    病院のロビーのガラスケースの中に縄文土器が展示してある
    しかも、よい形の土器だ
    こんな土器が大町でつくられたのかと、驚いた

    帰りしな、アルプスの山々の景色を眺め、
    あの縄文土器の形体感覚はもしかしたら、
    山の景色から来ているのかもしれないとふと思う
    思えば、縄文土器でもおもしろい形のものは
    皆、山深い地域で作られている気がする
    山のリズムと実際に山に入った空間性によるものか、
    海辺の縄文土器も見てみたい、貝塚系のやつ
    海の動きは形体にどのような影響を与えるのか、

    それにしても、縄文時代は、山がもっとも豊かだったから、
    その古代の豊かさが、こんな場所にも残っているというのは
    おもしろい、
    だって病院に生のリズムを刻んだ
    縄文土器があって、それが空間をつくっていたら、
    体にとってこんなに良いことはない
    これこそ本当の文化である

    その後、祖母は安曇野病院に移り、
    そこには縄文土器はなかったが、
    すぐ近くに、八幡神社があり、丸石をまつる小祠があって、
    狛犬もまぬけでおもしろい顔、
    末社の合間に美しい立石があって、
    その裏にまわると、石が花壇のように並べてあるのだが
    そのうちのニ本が立石で
    ちょうど、社が正面から隠す形で、
    突っ立ていた、

    これこそ、縄文の環状列石の名残りだ、
    縄文の聖地を神社が乗っ取って、隠蔽している
    この後ろ戸の神、
    ニ層構造が日本文化だ
    月と太陽の関係、表に立っているのは影で
    裏に生命が踊っている、

    表層的、平面的な表と
    立体的空間的な生命のリズムの性的な裏の構造

    ということで、歩いて
    国宝仁科神明宮へ、

    途中、鬼の釜古墳の標識を見つけ、行ってみると、
    塚の上に小屋があって、ドアを開けると、蓋のついた穴、
    あれはいったいなんなんだろう、
    その傾斜に茸が生えていた、食べられそうなので、
    採って行く

    奥のほうに古墳、
    石窟古墳で中に入れるが入り口の石が破壊されている

    神明宮へ、途中道を尋ねた人の良いおじさんに
    茸が食べられるか尋ねると、リコボウの仲間でうどんに入れるとうまいと
    教えてくれた

    神明宮は前に来た時あまり好きではなかったが、
    入り口に二つの立石がある、縄文の石かしら、

    でもやはり社殿の裏に上がれて、コンクリの堤防が作られている
    人の領域にされてしまっている、
    国宝の社殿にもプラスチックの雨樋がつけられている
    急斜面なので、土砂崩れを防ぐ為とか、社殿を守る為とか、
    人の手を入れることで、鎮守の森の静けさが破られている
    残念だ

    近くの神社、入り口から川に下って裏山を登って
    山頂に石段と背の低い石鳥居、なかなかよい佇まいだ

    まっくらになって家路につく、
    帰って、きのこ汁、父もリコボウだというので
    食べるが、なんか味がピリピリするのでヤバいかなと思っていたら、
    腹をくだした、味はうまかったけど、

    ということで、茸がとれる時期になったので、家の裏の小山に茸採りに入る
    たくさん生えているが、クリタケくらいしかわからないので、とりあえず採る
    役所で鑑定してくれると、見てもらうと、全部食べられない、もしくはわからないという
    役所の人は本を見て鑑定しているので、
    茸鑑定士が別にいるというので、その人にみてもらおうと、
    去年クリタケ採った裏山に入る、

    去年時期が遅かったからか、ほとんど茸がなかった斜面にたくさん茸が生えている、
    とりあえす、食べられそうなのを採る、白い茸が株になって沢山はえているのや、
    群生している、きれいな茸は食べられそうだった、

    南神城の鑑定士のところへ予約して訊ねると、
    やはり、白い株はシャカシメジという、おいしい茸で、
    群生していたきれいな茸はショウゲンジという茸で、
    あとフウセンタケ、チチタケ、ウスムラサキというのが少しだけ食べられて、
    残りは駄目だった、

    けっこう食べられる茸があったので、茸勉強してるのかと言われる、
    でも一番食べられそうだと思った茸は、やはり食べられたから、
    直感でけっこういけるもんだな、と、
    柄が詰ってる茸が食べられるのが多いと学ぶ、

    帰って茸鍋、
    シャカシメジだけで沢山あったので、シャカシメジ鍋
    うまい


    墳湯丘、温泉が沸き出して、成分が巨岩を形成している
    天然記念物が高瀬ダムの上流にあるので、そこへゆく
    川と湯が混じる天然露天温泉にも入れる

    現在はバスがなく、七倉ダムというところまで、車で行って、
    そこからは一般車両は進入禁止で、
    特定タクシー2000円でいくか 
    1時間半歩いて、高瀬ダムまで、
    そこからさらに2時間半くらい、片道4時間くらいの道のり

    父に朝、七倉ダムまで送ってもらうが、
    父も行ったことなかったので、一緒に行くことになり、
    タクシーを使うことになる、かなり楽になってしまうが、
    歩くのは車道なので、歩いてもおもしろくないから、
    よかった

    2時間半の道、途中までトンネルやダム沿いの道で、工事関係者や車両があって
    おもしろくない道だが、山道に入るときもちいい、
    道沿いにも茸が生えている、
    途中、ハナイグチ(リコボウ)の本物を見つける、
    美しい色つや、歓んで採る、

    ごろごろした石の川、
    山荘が見えてきて、さらに川の上流に、
    噴湯丘が見えてきた、
    硫黄のにおい
    近づくと、おっぱいみたいな形で
    もうもうと湯気を上げ、
    神みたいな感じ、
    おもしろい存在感だ

    川岸にあるのだが、川の流れが急で渡る飛び石がみつからないので、間近にはいけない
    奥にあるもう一つの噴湯丘を遠目に見て、父に急かされ、
    川を渡るのは諦め、昼飯を食う、

    川は渡れると、ネットで見てたが、今日は水量が多かったのかもしれない

    近くの、川岸の石で囲った天然温泉に入る
    熱いお湯が上に、
    冷たい水が下に溜まって、
    しかも、底の砂利は熱いので、
    温度調節が難しい、
    あっつかったり、冷たかったりしながら、
    湯をかき混ぜながら入る

    もう少し戻ったところに、小さな湯舟があって
    そっちのほうが適温だったので、入る場所を間違えたらしい

    川沿いの道はほとんど登りがなく、帰りも同じくらいかかって帰る、
    ヤマブドウを見つけ、すっぱい実を食べながら


    ハナイグチの味噌汁、ナメコみたいでうまい
    家の庭にヤマグリが沢山落ちるので、拾って栗ご飯、
    皮剥いたり、下準備が大変だが
    これも甘くて柔らかくてうまい


    みなさん、そろそろ、10月になると茸のたくさん採れる時期です
    タイミングが合えば、ぜひ長野のほうに遊びに来てください




    mountain_pl19.jpg

    大町市のページより
    スポンサーサイト

        2007-09-28 生石神社、荒神谷遺跡、須佐神社

    島根に向かう途中、兵庫県の宝殿駅におりて
    徒歩20分くらいにある生石神社
    岩山を削り出してテレビのような形の家型石棺を横に倒したような
    巨石を祀る神社
    歩いて行く途中、周辺地図に宮本武蔵、伊織の生誕地があり、
    宮本武蔵の出身がこの辺だと知る
    もっと山深いところだと思っていたけど、西日本の人だったのか

    参道の急な石段で地元の高校生の女の子たちがジャージ姿で
    トレーニングをしている

    山門をくぐって、右手に巨石があり
    拝殿をくぐるとテレビ型の巨石、下に水がありぐるりと回れる
    写真で見た時より、
    直線的な加工がつまらなく感じる

    弥生以後の権力、集団のもつ
    空間、形態だ

    拝殿の横から裏の岩山に回れる
    上から眺めると、巨石の上に木が生えていて
    その空間はおもしろかった

    岩山は一塊の石でできているようで、
    韓国の山を思い出す

    東日本ではあまり見られない風景な気がする

    岩山の休憩所で、ヘリコプター運転手をやっている人と少し話し、
    姫路城を見る為、駅へ帰る

    姫路駅では時間がなく、姫路城を遠くから眺めるだけだった

    18切符で旅行していたので、
    JRしか乗れないのだが、調べて来た乗り継ぎに私鉄が混じっていて

    上郡から智頭線に乗り換えて大原駅経由で鳥取に行くのに
    料金を払わないといけなかった

    JRだけでは、出雲まで時間的に辿りつけないので、
    上郡で智頭線に乗り換える、
    その時、急にはげしい雨が降り出し始めた

    智頭線の静かな山間の村々をはげしい雷雨のなか
    車窓から眺めると不思議な気配が漂っているのを感じる

    途中宮本武蔵という駅があり
    ここも宮本武蔵生誕の地の伝承があるらしい、

    いつかここもゆっくり旅してみたい
    歩いて旅をすること


    鳥取に着いて、雨で遅れる電車に乗って
    倉吉、米子、松江、を越えて
    出雲市の手前の無人駅
    荘原駅で降り、雷雨の無人駅で一泊する

    朝、まだ日が出ない雨の中、荒神谷遺跡へ歩き始める
    少し行くと、雨が止みはじめ、明るくなってくる
    徒歩50分の道のり

    斜面の遺跡
    発掘現場の再現である
    一層覆ったモルタル

    出雲大社
    遷宮の準備で、場が静まっていない、
    裏側も立ち入り禁止になっていた

    出雲歴史博物館

    こんなものが出雲大社の裏にぶっ建ってよいのか、
    前来た時は出雲の裏、静かな、八雲立つ ような風景の気配を見たが、
    今度は出雲の表を見たようだ、
    こんな出雲は見たくない

    建築は普通にカッコ良い感じだが、
    この場にあるべきものではない

    出雲大社の掘り出された巨大柱がエントランスの真ん中にある
    朽ちた巨木の柱は美しい

    銅剣、銅鉾、銅鐸というと青銅と思うが、
    つくられた当時は、黄金色だったということを思うと、
    随分イメージが変わる、
    本物と再現したものが展示される

    この平面的な空間把握は好かない、
    鋳造ということと、銅の輸入ということが、
    ものから生命を奪ったのかもしれない
    生命のリズムを切った、死の概念と貯蓄、貧富の差、国家主義

    非国家的なアイヌの人は生のリズムと楽園
    本州から追い出されていったのと、
    ケルト人がヨーロッパ全土にいたのが、
    アイルランドにおいやられたのと、同じことが起こっている

    予想外に、縄文の丸木舟があった、展示方法がいまいち見ずらかったが、

    縄文の石器や石棒などもあったが、やはりこっちのほうがおもしろい

    日暮れ、近くの神社で野宿

    日御碕灯台を目指し、歩く、遠い、
    最後少しだけ、道を尋ねた人に車で乗せていってもらう、

    日御碕灯台、風が涼しい
    さざえと焼きイカ食べる
    日御碕神社

    出雲駅に戻り、
    須佐神社めざし、バスで一時間、
    須佐へ着き、徒歩一時間、須佐神社へ
    すばらしい神社、
    杜と響きあうけっこう大きい社の空間性、

    出雲大社は近寄れないから、
    むしろ、こっちのほうが巨大だった頃の出雲大社のイメージに近いのではないか、
    そんなに大きいわけではないが、
    川沿いに立つ、
    湧き水も飲める

    向いに天照の社、川の水音と木々の落陽とが響きあう、
    狛犬がおもしろい

    道すがら、苔むしたヒモロギのある神社
    おじさんが野焼きしている

    やっとここに来て出雲に出会えた感じ、

    スサノオの川とのつながり、丸木舟、
    山は低いがわしゃわしゃと、不揃いに木が生えている
    竹林も多い、須佐は良い所です

    鳥取駅まで戻り、公園で野宿
    家路に着く




        2007-09-27 香取神宮、鹿島神宮、五ノ神神社、まいまいず井戸

    香取神宮

    台風後で、奥宮に落ちた枝が散らばって不思議な時間
    要石見る

    御神木の巨木の空間がすばらしい
    こういう人工物と自然の作り出す場というのは、
    世界にあるだろうか、もしあったら見てみたい、
    外国人旅行者は、これこそ日本の見るべき場所ではないか、
    日光はそれに近いが、建築が勝ち過ぎる、
    見るべきは、建物ではなく、
    巨木と建築との関係性の空間なのだ
    社殿は徳川が作ったので、派手な感じ

    香取だんごがうまい
    だんご屋のおじさんが帰りしなに、
    車で駅まで送ってくれる

    鹿島神宮

    鹿島神宮駅からの参道が赤れんが敷きの気持ちわるい道だったが、
    森がすごい
    神宮内の奥宮までの参道は道幅が広く
    夕暮れの銅色のこがねの光がうつくしく
    芭蕉さんがやってきた時代の道の気配を感じていた

    原生林が力をもった広大な森
    むしろ伊勢神宮の森より好きかも

    うつろ舟の流れ着いた常陸の海をみたくて
    歩いて海へ

    海の近くの神社の在り方は御嶽に近い
    木々のトンネルを通って小さな社と巨木のある小さな森

    真っ暗になって海に着き、
    海の動きと
    山の存在について思う

    歩いて駅へ、水郷の佐原に行きたかったが、時間がなかったので、
    帰る


    そういえば、この香取神宮と鹿島神宮というすばらしい森が、
    古代、蝦夷討伐の前線基地だったということが持っている意味は、
    考え深い、
    特別な森や木を崇めるというのは、
    縄文人にはなく、
    境を作るよりも、中心の空白、ストーンサークルが必要で

    縄文人を駆逐し、森を切り開き、田圃を作っていった
    弥生人達が、縄文人と森の供養として、神社を建てたのではないか、
    皮肉にも、その蝦夷討伐の前線基地にもっとも
    蝦夷(縄文)の暮らした原始の森が残るということになっているのか、

    そういう血なまぐささも神社は抱えているのかもしれないし、
    祝詞というのは、どこか血塗られたものを封じ込めようとする
    意味があるのかもしれない


    他日

    吉増剛造さんのクラスの人達と
    まいまいず井戸へ行く

    まいまいず井戸は羽村駅すぐの五ノ神神社の中にあり、
    吉増さんが井戸に行った映像を講義で見せてくれた

    まいまいず井戸よりむしろ
    五ノ神神社のほうが、非常に気になった
    ものすごく古めかしい石の多い神社だ、
    そして木々の根元に石が寄せられ、塚状になっている
    こんな神社は見たことがない、
    小祠には美しい丸石があり
    木の根元には陰石がある
    縄文の遺跡か、古墳の跡地のようだ、

    まいまいず井戸はその土地の在り方、
    深さから木々を眺める空間はすばらしい

    吉増さんが言っていた、
    降りていくと、音が消えていく感覚もよい

    だが、表層が整備されて、道の石の組みかたなど、つまらなくなっている
    式根島にもまいまいず井戸があるらしく、そっちはまだ使えるらしい
    いつか行ってみたい
    宮古島にもまいまいず井戸のような、ウリカーがあり、
    そこへ入った記憶が蘇る

    まいまいず井戸は上から見た時に
    御嶽に似た落ち葉が静かに舞い降りる感覚が
    あるのかもしれない

    羽村を散策して、郷土資料館の古民家で
    火をくべた囲炉裏を囲んで休む
    このしずかな時間はとても尊い

    郷土資料館の裏山の登り口の看板の前に段ボール箱が捨てられていて、
    蛆がわいた何かの死体が入っていた





     | HOME | 

    FC2Ad

    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。