Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2006-01-27 透明迷宮 高橋悠治piano×笠井叡dance

    透明迷宮 高橋悠治piano×笠井叡dance
    2006年1月26日(木)19.30 国分寺いずみホール

    美しい身体、速い動きの舞踏は見たかったものだが、
    憑かれているような感じではないな、切れのあるダンス的な、

    でも途中服を脱いでからの
    動く腕のうつくしさ、

    突然の詩の発話、ドイツ語のは、笑っちゃうくらい、アホみたいにかっこいい

    そのあとの
    “ヒカリノ瞳孔ヲ開ク”人のような
    すばらしい時に出会えた


    踊りが楽譜なんですね、
    音楽が踊りを導くこと、太鼓みたいに、そういうのが聴きたかったな

    でも場を創ったのはまぎれもなく肉体と音楽です


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        2006-01-26 「ライフ・オブ・ウォ-ホル」ジョナス・メカス

    映像と映画の違い、
    純粋な映像の写真のような現実との向き合い方には、
    おもしろいことが起こることに対する予知能力が必要なのかしら、
    音と映像の幅、
    ドキュメンタリーとも違う、映像image
    でもこれも映画filmに含まれるんだろうけど、

    ストーリーから切り離された純粋な映像としての美しさ、
    そこにもストーリーは存在するけど、
    それは現実そのものから切りとられた断片である、
    ある種の絵画のように、

    このひとの画面はズームやカットが多くて、
    すごく揺れるのに、
    なんで不快な感じがしないのか、
    アナログのカメラのせいなのか、
    コマとコマとの間にすごく柔らかな感じがする、
    映写機のフィルムの丸みのような柔らかさとなめらかさ、

    でもジョンレノンとオノヨーコとウォ-ホルとメカスとが
    いっしょの部屋にいるってすごいよな

    「孔雀」のクリストファー・ドイルも
    たぶんメカスさんに影響受けている、
    露出いじるのとかフィルムスピードいじるのとか、

    メカスさんには二度お会いしたことがある、
    メカスさんの写真の個展のときに、
    飲屋で、吉増剛造さんに紹介してもらった時と、

    偶然大野一雄さんの家に遊びに行った時、
    一雄さんとメカスさんの奥さんなのか?パフォーマーの女性が
    一緒に踊っているのをメカスさんが撮影している時、

    メカスさんはこの世の人とは思えない、
    すごいかっこいい人だったな

        2006-01-25

    まず、信じるということについて
    バラバラになってしまった、ひとつひとつを紡ぎあわせ
    本当に完全であること、
    それがいったい何なのかを体現していかなくては、
    信じるということがいったいどういうものなのか、
    ひとつ、ひとつ

        2006-01-20 握り飯

    柳田国男の「山の人生」の中で出てくる
    山の神、山男が、握り飯を労賃にして、
    一個につき材木一本、2個でニ本運んでくれるという話を読んでから、

    白くて艶々とした握り飯のイメージが浮かんで、
    離れなくなってしまった

    コンビニの機械で作られたやつじゃぜんぜんダメ、
    ニギリメシ、
    ニギリメシ、
    おにぎりともおむすびとも違う、
    握り飯の魅力、

    食べるべき場所に行って、
    握り飯たべたい

    杉の森のある山の中とか、

        2006-01-19 写真

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        2006-01-19 ゲルマニウムの夜と国立博物館

    「赤目四十八瀧心中未遂」の荒戸源次郎、制作総指揮、
    国立博物館の敷地内に「ゲルマニウムの夜」の為だけに、
    一角座っていう映画館をぶっ建てて、上映してる
    花村萬月原作、
    麿赤兒の長男・大森立嗣が監督の

    「ゲルマニウムの夜」

    http://www.neoplex.co.jp/cinema/geruma/


    赤目はすごく好きだし、企画がおもしろそうだったから、
    予告もかっこよかったので見に行った

    雪道を歩く牛の群れ、
    鉄パイプの穴、
    かっこいい映像で期待させる、
    が過激なシーン、性と暴力のみで作られるストーリーは
    これから始まるのかと思ったら、
    終わってた、つまんないんじゃないのコレ、

    終わると、監督と荒戸さんがでてきてなんかしゃべる、
    手作り映画館ならではで、なんかいい、

    殺人を冒し、一線を超えた後、
    性の冒涜に向かう、変態ばっかでてくる話、
    荒戸ファミリー勢ぞろいみたいな役者群で、
    もってるんじゃないかという登場人物、

    キリスト教の堕落なんて今さらあたりまえなこと描いて、
    ゲルマニウムラジオに関する内的な描写もなく、
    ただ過剰な強さのみを求めた映画という印象、
    パンフにも書いてあったが“強い”映画ではある、

    でも大切なものは“強さ”ではなく“深さ”だと言った、
    椿昇さんの言葉が浮かぶ、
    椿さんにそれがほんとにあてはまるかはともかく、

    赤目の熟成されきった映画エキスの醸し出す艶というか、
    匂いいっぱいに詰まった魅力にくらべると、
    がっかりだった

    一角座自体も壁とかかっこわるい、音響はいいけど、
    鳥の声が聴こえたり、学校のベルが聴こえたり、
    映画を見る場所、映画館の醸し出す匂いみたいなの、
    すごく大切なんじゃないかと、
    特に赤目なんかでは、

    国立博物館の敷地内に建てて上映してる意味がわからない、
    これなら普通の映画館のほうがいいんじゃないかと、

    映画のその場所であることのインスタレーションに
    期待せざるを得ない企画だったから、がっくり


    でもなんかむしゃくしゃと残るものもある、
    花村萬月の原作は読んでないけど、興味をもったから
    ちょっと調べると、
    「ゲルマニウムの夜」は王国記というシリーズの第一巻で、
    始まりって感じなのもわかるし、
    花村萬月がキリスト系の学校で育ったことからの、
    キリスト教に対する焦点もわかる、

    映画はもう一度見たくないけど、
    予告編はなんども見てしまう、
    音楽と映像がかっこいいから、
    もしかしたらなんかあるのかもしれない、

    荒戸さんが言ってたけど、
    海外の映画祭でなんか賞とるんじゃないの、
    こういう映画がねえ、





    花村萬月のページに載ってた、言葉

    幻視とは、洗い清められた感覚で自然を見ることにほかならない。

    William Blake          














    映画チケットで国立博物館も見れたので、
    そっちを先に見たのだが、
    そっちのほうがぜんぜんよかった、
    縄文火焔型土器みたいな文化って外国にもあるのかね、
    すごいな、日本って気分になってくる



    今は、長谷川等伯の松林図屏風が見れる、
    去年も見たけど、
    国宝一点しかださないっていう展示方法はもったいないが、
    悪くない展示だった、国立博物館はすごい絵いっぱいもっている、
    あれ常設で全部見れたら、すごい美術館なのに、

    松林図屏風、
    部屋に向かう刹那の空気、気づきの、
    その瞬間立ちあらわれるものの不思議さ、

    伊勢神宮の外宮の拝殿の前の巨木の双びに見た瞬間、
    立ち上がったなにか、その不思議さ、


    自立する屏風という形式、
    壁のない日本家屋の襖絵と床の間の掛け軸、
    西洋絵画の額装、釣り下げ、
    壁画などに想いを凝らす

    火焔型土器から弥生埴輪への断絶、
    火焔型土器はすばらしい、

    アイヌのイクパスイ(酒篦)、
    薬師寺、十一面観音像、





        2006-01-16 伊勢神宮、出雲大社、きんざ

    直島、きんざ、内藤礼さん「このことを」
    
    家一軒が自分の創った空間で、それを守る人がいて、
    なんてすばらしい場所なのだろうか、静かな庭も重い引き戸も
    内に引き入れること、神聖な静けさ
    洩れる光に往き過ぎる人の影がゆらぐ
    15分ではもったいない、もっと居たかった
    ただその静けさに対して、暖房の音が気になったが




    高松、駅前、讃岐うどんを2軒食べるが、おいしくない
    前に行った店は正月で休み、
    基本的に正月もやっているような店はおいしくない
    生きている讃岐うどんを食べられなくて残念
    やっぱり朝5時からやってる店はおいしいよな



    琴平、金刀比羅宮、高橋由一館、豆腐の絵
    こんぴらさんの音楽がバックに流れる中で
    見るのはまいった、環境が良くない
    表書院、金箔に描かれた鷹の絵が玄関から覗く、
    かっこいい入口
    円山応挙、虎の襖絵
    民宿



    岡山、庭園、餅食う、竹久夢二美術館
    吉備津神社、改築中で見れず平成20年まで
    長い廻廊の曲線が美しい
    ヤングイン松江
    一泊1800円






    出雲は古代の匂いが漂う、
    市中に普通にある神社がすごい、狛犬とか
    宍道湖沿いに走る一畑電鉄から眺める景色が
    なにかを、
    古代の風景を感じさせる
    素敵な場所だ

    出雲大社、

    出雲の八雲なんかは沖縄に近い森の気配を感じたけれど、
    神が社の中にいる、神が人になってしまった、

    社が高床式で空から降りて来るイメージがある、
    と同時に“米”中心の高倉式、
    樹を取り入れない聖域から、
    人間中心の弥生くらいの権力を感じさせる、

    本殿はかっこいい
    正月だから普段は入れないところまで入れるが、
    それでも本殿は入れない、
    お神酒の杯をくれるが素敵、



    正月だからなのか、伊勢もそうだけど、
    お賽銭入れがしょぼい、白布の見え方もきたない


    神魂神社、素敵な森、社もかっこいい、
    でも建物の周りが土手みたいになっていて樹々との関係性、
    空間が独立しているように思われる、
    それは出雲大社と共通する感じ

    階段を上って社にあがったら
    神主がすごく怒って走ってやってきた、
    まあそりゃそうだ
    高かったな


    八重垣神社、
    夕暮れに訪れたが池のある聖域の森がかっこいよかった




    和気、駅前チラシ寿司うまい
    京都、国立博物館、六波羅密寺は見れず


    二見浦、夫婦石
    伊勢神宮、
    伊勢うどん、汁のないうどん、うまい


    伊勢は遷宮するから、お伊勢さんと言う感じで、
    洒落た、新しい神社が多い、
    柵に閉ざされている閉鎖的な神社が多い
    天皇的な神のイメージ、
    伊勢神宮の森は美しいけれど、正月で人が多過ぎる、
    静かな時に来たい、

    外宮の高い樹木を見た刹那の景色、
    内宮の森は人がいない時に来たい、
    扉が閉ざされているところに祈るというのは失礼な感じ、
    開けとけよ神主


    月読宮、月夜見宮、

    夕暮れに行くと黄金の屋根が美しい、
    ツクヨミというだけある
    白石を敷き詰める形式は、見たことなかったから
    直島の杉本博司の作った護王神社を見た時、
    不思議な感じがしたが、
    ここらへんが元になっているんだな、

    古代の神社は造りが直線的だ、出雲も伊勢も


    諏訪大社、万治の石仏
    本陣、塚原卜伝の書いたという達磨の水墨画にとても惹かれる





        2006-01-16 沖縄について









    沖縄は今でも神聖な力が残る、最もすばらしい地だと思う。
    神司や祝女(ノロ)以外の島民は生まれてから一度も立ち入ったことのないというような、
    聖域(イビ)という美しい静寂のある御嶽という存在は、あまりにもすばらしい、

    しかもそれが、低い石垣に囲われているだけで、
    外からは見えているし、石の入口が開いているだけで、
    誰でも入ろうとすれば入れるという在り方

    列島の神社のように立ち入り禁止の建物の中に神がいるのではなく
    そのなんでも受け入れる場、
    大切に護られ、美しい緊張を創っている場に
    建物の中に居る擬人化された神ではなく、
    神は外(人為外)にいるということ、
    森の中の樹々(自然)に囲われた空き地(人工)の間に宿るものこそが
    原始的な神と言う言葉が表す存在なのではないか、と感じさせるのだ



    ハブがいて獣道のような、隠され護られている御嶽を探し、
    其処に至るまでの、命を張りつめた、
    全身に張り巡らされる感覚の研ぎ澄まし方を体験した後には、
    都会のインテリジェンスな平定され、
    守られたホワイトキューブという安全地帯でのうのうと生まれたアートとかいうものには、まったく魅力を感じなくなっていた




    それだけの力が沖縄の特に離島、八重山諸島にはある、
    だから霊的な力にあてられるということは充分にありうると思う、
    精神的にも科学的にも自然のもつ力、
    信仰という集団的無意識、
    精神的なことというのは、物理的なことと揺蕩っていると思う、


    だから無闇に御嶽に立ち入るべきではないし、
    御嶽というのは本当は男子禁制だ、
    でも僕は入るべき人は入るべきだと思う、その流れ、導きのようなもの、
    その自然の力を受けとり、それを創り伝えていく人は、それを受取らなければならない、
    例外は認められるのだ、岡本太郎や比嘉康雄などは司さんにつれられ、
    御嶽の中に入っている、

    僕はその信頼関係を作っていないということから
    信仰心を持つ島の人には、
    忌むべき存在であり異端者なのだろうが、それでいいと思う、
    もっと大きな存在に包まれているから、
    そこに巡り会わされた者として、
    御嶽に入るのは森羅万象に心を融かすこととして、
    すばらしい体験を、ありがとう、
    本当にありがとう、と



    大神島という天照大御神の降り立った島という神高い地で、
    島中の人が神を怖れ、敬う島で、
    司を勤めたおばあさんに、御嶽に入ったら、
    病気になるとか大怪我するとか罰が当たると、
    脅されて、帰りの夜道に溝にはまったり、こけそうになったりして、
    その弟さんの家に泊めてもらいに行くと、
    異常な笑い声をあげるおばさんがいて、
    ここに泊まるのか、こえーと思っていたら、
    その夫婦はとてもいいひとで、
    その島でただ1人神を恐れないのがその下地さんというおじいさんで
    ずっとその恐れられる神と闘い、向き合い続けて来た、
    下地さんの言葉はすごく深い
    僕は下地さんにすごく助けられ、その家に守られていた、

    「神はけして人を罰したりしない」

    そんなちっぽけなものじゃないという下地さんの言葉に、










        2006-01-16 沖縄

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    黒島、仲盛御嶽

    すばらしい自然の激しさと雄大さを持った集合的な御嶽


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    小浜島、御嶽

    近くの浜辺で、碧色の石器の半欠片を拾った。すごく綺麗



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    沖縄、斎場御嶽


    すばらしい聖地だが、世界遺産になって観光地になり、
    死んだ御嶽になっている、
    隠れた御嶽が、横道や岩の上にあって、今でも拝みをしている跡があるが、
    一番の久高島を望む遙拝所は風化してしまった、化石の御嶽になっている
    人が立ち入れない聖地の空気が御嶽の最もすばらしい力だと思われる。





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    久高島、拝所

    最も神高い島だが、今では12年に一度の祭りイザイホーも失われ、
    宗教的な力は薄れている、
    禊をするカー(湧泉)への道も崩れていたり、
    拝所も近代的コンクリートの建物になっていた。



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    宮古島


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    質と質のぶつかりあい、
    そのエッジの鮮やかさ、域について思い巡らしていた、
    そのバラバラになった想いの死体を、
    舞い降りるのは、
    物質の中に織り込まれた
    セーレイの錬金術



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        2006-01-16 沖縄,竹富島

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    花城井戸(ハナクンガー)





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    花城井戸(ハナクンガー)

    この井戸は明らかに妖しい雰囲気を持った場所だった。竹富で一番古い新里村遺跡の井戸で、新里村遺跡は神聖な力が一番強いと、チロリン荘という1500円で泊れるドミトリーの宿(映画「孔雀」でアサノが住んでる家のロケ地)でカフェやってる妖しい兄ちゃんに聞いて来たんだけど新里村遺跡には草ぼうぼうで入れなかった。春に草刈りのバイトやったらしい。






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    御嶽

    竹富の御嶽はすばらしい、神聖な力が宿る場所だ。




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    仲筋井戸(ナージカー)






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    御嶽






        2006-01-16 沖縄、波照間島

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    黄と紫の鮮かな落ち葉が御嶽の入口に散り、
    石組みの御嶽と見事に対比をなす、究極的なインスタレーション、
    その時、その場所であることに心打たれる、
    こんなにもみごとなものを造ったのはいったい誰なのか、
    神司(巫女)なのか、霊感のある御嶽職人のような人なのか、あまりにすばらしい






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    香炉のような石の上にだけ、苔が這えるのは水を掛けられるからなのだろうか、
    信仰が生きている御嶽。





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    最果て、最南端の海。





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        2006-01-16 軍艦島

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