Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2010-06-08 雪雄子舞踏公演「復活」

    大野一雄さんが亡くなる
    世界のあるがままのかたちを
    人でありながら体現しつづけた
    たぐいまれなる存在

    その存在の光に照らされていた

    一雄さんのスタジオを訪れた時
    偶然ジョナス・メカスさんが
    ダンサーのヴィルジニ―さんと一雄さんの踊りを
    撮影に来ていたところに出会って

    一雄さんのただ静かに寝息を立てる姿の
    あまりの存在のうつくしさにうたれ

    ヴィルジニ―さんと踊る一雄さんの高ぶる踊りのたましいに
    触れ得たことは

    映像を通して出会う一雄さんの幽霊の、
    河童の、
    生命と生死をさすつらぬく身体の刻に
    実体の光を与えてくれたのでしょう
    ありがとう

    そして、土方巽と大野一雄の
    息吹を受け継いでいる津軽の舞踏家雪雄子さんの

    一雄さんに捧げることになった
    宇都宮の公演に足をはこび、

    蝉の幼虫が今まさに変態していく
    その生命の裸(ら)のうごき
    その密度の時間を舞踏する、

    縄文遺跡の配石の石組みが星をつらぬいているような確かさで
    宇宙とつながっている、その星座の運行のような、
    確かな位置で運行する身体のひらいた
    時の密度にうたれていた

    そして
    雪さんが話してくれた土方さんの照明を
    受け継いでいる曽我傑さんの
    照明の鼓動の妙
    これも星月のかしづく
    風月のながれ、
    星の運行の明かりのようだった

    そして公演終了後、
    ものすごい数の照明機器とコード類の一切を
    自分一人でコントロールして片づけていく
    曽我さんの物腰の柔らかな日輪のほほ笑みのような人柄の
    芯にある職人の姿を見れたのは
    非常にうれしい体験だった

    その後、悠日での打ち上げ後、
    香川大介さんの日光の家に泊めてもらえることになり、
    そのまま中華料理屋の打ち上げ、バーでの打ち上げにも
    参加させてもらい、雪さん、山田スイッチさん、田口ランディさんという
    現代における縄文巫女三女傑の話を聞いてたのしい時間を過ごすことができた

    大介さんの家に泊めてもらい
    朝、大谷石の採掘場跡に
    雪さん達とご一緒して
    帰りの車の中で、スイッチさんが見つけた
    日輪の虹の祝福

    とてもすばらしい人の
    流れと動きに出会うことができたことに
    深い感謝




    香川大介個展オープニング
    「復活」
    朗読 田口ランディ
    舞踏 雪雄子
    絵  香川大介

    6月6日(日)16時~
    宇都宮悠日ギャラリー

    栃木県宇都宮市『ギャラリー悠日』
    香川大介個展 [06/04(金)~06/27(日)]

    http://www.yujitsu.com/jp/







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        2010-02-15 「NEW WORLD」展

    柏に新しくできたスペース
    淺井くんが展示していて
    おもしろいというので
    見に行く

    予想外にでかいスペース

    岩永くんの鉛筆画、
    ガムでドローイングしていた人

    公園で生活している
    いちむらみさこさんの
    ロケットと呼ばれるダンボールハウスの
    生活のごみをはりつけたようなインスタレーションが気になる

    淺井くんの
    マスキングプラントを再構成して描いた二点の貼り絵と
    壁面にマスキングで描いたインスタレーション的絵画は

    ひさしぶりに離れがたい
    絵画の場だった

    狂気を赦すような
    やさしい


    壁の泥絵自体よりも、

    壁と梁に描かれた泥絵の通路と
    粘土の立体二点と
    奥のマスキング絵画の
    在り方が
    すごくきまっている

    粘土の立体もいい

    遠かったけど
    来たかいがあった
    すばらしい


    「NEW WORLD」展

    会期:2010年1月30日 - 2月28日
    会場:アイランド island
    柏市若葉町3-3
    http://www.islandjapan.com/




        2010-02-07 国宝土偶展と秋冬山水図

    個人蔵の土偶も見れるということで
    土偶展に行く

    平日だというのにけっこう人が多い

    懐かしい縄文ビーナスと仮面の土偶から
    見たことなかった土偶たちが勢ぞろい

    すばらしい土偶たち
    でっかいすばらしい造形の縄文土器や
    獣の土偶
    亀の空飛ぶようなのもある
    人面水差しみたいな
    ふてぶてしいまでのいのちのあらわれに
    すこし懐かしい泪を誘われるような気がする

    どれもこれもすばらしい

    座ってほほに手を当てる土偶の
    背の空間性に惹かれる

    見たかった山形の土偶は正面からみると
    あまり格好よくなかった

    遊びのいのちと
    精神の宇宙の満ち欠けに
    ゆられ

    一通り見てから
    せっかくだから常設も見る

    アイヌのアットゥシや鉢巻きの文様と
    北海道の土偶の文様が明らかに共通していること

    刀、
    色ガラス瓶の特集
    地中海のうつくしい首飾り

    翡翠の珠

    勾玉に胎児の命が宿っていた時代と
    それがただのコピーとしての勾玉に変わる時

    そして
    雪舟の国宝秋冬山水図も偶然出ていた
    以前見たときより、明りが暗いのか印象は薄かったが、
    それでもこの幻視のすばらしい風景が国宝になっていることはうれしい
    セザンヌとの共通点

    他にも伝雪舟の梅下寿老図なども出ていた

    この縄文の土偶から
    アイヌ、秋冬山水図など日本美術の核(コア)を展望できる機会というのは
    とてもすばらしい

    閉館30分前
    土偶室に戻ると、ひとけがなく
    空いている

    ありがたく
    土偶たちと向き合う
    すばらしい時間


    昼過ぎから行ったのだが、
    時間がたりなかった
    一日居ても楽しめる展示だろう
    (雪舟の絵は2月7日まで展示)


    それにしても
    遮光器土偶などの
    東北の黒光る土偶は
    どうやって焼かれているのだろう
    あれだけむらなく、黒光る質感というのは
    野焼きではでない
    窯状のもので、酸素を減らした状態で焼き上げたのか
    土が違うのか、
    興味深い


    ただ一つ気になったのは、
    展示方法に難があること
    でっかい縄文土器の修復してある方の取っ手を前面に向けたり、

    大きな釣り手土器の貧相な顔の造形を見て
    裏側の方はカミや精霊のような造形だったので

    裏と表の在り方について考え込んでしまったが

    キャプションを見ると
    顔は修復だと書いてある

    学芸員か研究者の修復の腕を見せつけたいのか知らないが、
    あんな貧相な造形力で恥を晒すとは恥ずかしい

    カミや精霊の造形を表にして、
    修復は後ろに向けるという態度が
    まっとうな学者の態度であり、
    慎み深い、
    御先祖たちに対する礼というものだと思う












        2010-01-12 「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」内藤礼

    幻視 
    幻を視る瞳(メ)
    のまなざし

    その
    切実な震え

    ただ
    見ているだけで
    涙がでそうになる


    晒されることのない
    聖域のもつ静けさ
    うつくしさ
    気配を纏って


    内藤礼さんは
    言葉を紡いでいた


    アーティストトークの前
    内藤礼さんの言葉
    神戸大学の特別講義録の本を読んで
    うれしくなってしまって
    撥ねあがるようにして待ちわびていた

    展覧会のカタログに寄せられた
    言葉の
    風に揺らめくリボンの
    精霊の
    ひらめく刹那の耀きのように
    鮮やかな言葉の端々


    ものすごくたくさんの
    人たちが
    内藤さんの話を聞きに集まったことが
    とってもうれしい



    朝一で
    鎌倉にある神奈川県立近代美術館に行く
    すでに3、4人の人がチケット売り場で待っている
    開館時間になって会場に入る

    二階の暗闇のガラスケースの中にライトが幾つも点る部屋
    風船が頭上に吊られ、しづかに漂っている
    その揺らめき

    ガラスケースの中にも入れるというので
    一番乗りで入れてもらう
    靴を脱いで段の上に上がり
    通路状のガラスケースに入る

    輪っか状の襞のように置かれたクリスマスライトの下には
    カラープリントの布が敷かれ
    折畳まれたプリント布
    貝紫染めの布
    ガラスの内と外に対に置かれる
    ガラス瓶
    などが置かれている

    小さな透明な球と風船がフロアーとの段差分
    高く吊ってある

    反対側からも人が入ってくるので、
    一通り見てから出る

    全体を見ると
    フロアーの空間
    ガラスケースの中に入れる空間
    ガラス越しに見る空間
    開いたガラスから覗き込んで見れる空間があり

    ガラス瓶が小さな透明な球を挟んで対に置かれている
    プリント布が重ねて敷かれた端にちょうど合わせて
    透明な球がくるように

    奥側の対の二つのガラス瓶の口の部分
    蓋をとった捩れの部分がクリスマスライトの光を浴びて
    うつくしい光の散り方
    通いかたをしている

    折畳まれた布地と
    布地の部品なのだろう襞状のものが
    置かれたり
    円く輪っかになっていたり
    オーガンジーのリボンが輪っかで一つ
    三つ繋げておいてあったりする
    造形物もうつくしく

    女の人の折畳んで
    畳の上に置くという仕草
    その跡の光景を思い浮かべる
    でもすこし細長い空間なので
    それとは違うものかもしれない

    他のガラスケースは人がすでに並んでいたので
    とりあえず、混む前に全貌を見るため
    他の部屋に行く


    中庭には空に届くように長いオーガンジーのリボンが揺らめく
    天気がいいので空にはえて
    精霊の風のうつし身

    廻っていく
    その動きのおもしろさ
    間近を通う一瞬の光の煌き
    ものが光のようになる刹那
    の色

    ただ真ん中の彫刻が
    イサムノグチのコケシだというが
    どうも好きになれない

    それでも一日ずっと精霊のリボンがコケシと戯れているのを見ていると
    全体の印象の記憶としてはよいものになっているのが不思議


    石の回廊には透明ビーズを積み重ね
    天井から吊って
    風ですこし揺らめいているものが二本と
    中庭側の光に向かってガラス瓶が置かれ
    水が入っている
    これらは漲る水ととともに三点で空間をつくっているような気がする
    自分の中にイメージが立ちあがる

    回廊の周りは池に囲まれ
    石の手すりの上には水の入ったガラス瓶が三箇所に置かれ
    池の上にはビーズの重ねたものが弧を描いて
    吊ってある

    開館直後にちらっと見た時はガラス瓶の水はなんともおもわなかったが、
    今度はなみなみと注がれ
    表面張力で光がたわんで漲っている
    底には水滴がうつくしい模様を描いている
    朝は自然蒸発していたのだろう

    どうして池に囲まれた空間を一つの作品でしか生かさないのか
    不思議に思っていた
    水面ということだけど

    遠くから見ると光の反映でうつくしい池も
    よく見るとすこし油が浮いていて
    泥で水面はあまり美しくない
    これを使うにはまず池をきれいにしなければならないのだろう

    その水に捧げられた水
    石の手すりの上に置かれたガラス瓶に漲る若水が
    油の浮く泥の池という背景を視野のうしろに漂わせて
    いっそうその光の在り方を際だたせているのかもしれない
    この絶妙な捧げかた

    この不思議な形をした美術館の在り方に
    石の手すりという突端に置かれた水と光の漲る境界は

    ここに置かれるべくして置かれた
    建築と環境と響きあった
    ただ一点として
    置かれている

    それが捧げる
    ということだろう

    二階のもう一室は
    自然光のうすぐらい部屋に
    青味のプリント布が波のように壁側から
    敷きつめられ
    光の反射が矩形の模様を作っている
    端に丸い白い薄紙が重ねて置かれている他はなにもない
    不思議な空間

    薄紙には小さくなにかが書いてある
    これは新生児の足の裏のサイズで
    おいで
    と書いてあるものらしい
    一人一枚持ってかえることができる

    それで再び
    ライトの部屋へ
    今度は一人で入れる
    ガラスケースに空いているときに並ぶ
    一人を待つだけだったが

    その時不思議なことがおこった
    口に手をあてて

    ああ、待っている間に
    こうやってゆっくり空間を眺めているのもいいなあ
    と思っていると

    なんだか心臓の鼓動が
    ドクドクと響いてくる
    朝のまだ人のまばらな静かな会場
    薄暗く光の点る
    内藤さんのつくった空間のなかで
    急に心臓の鼓動が聞こえてきたのだ

    別に緊張しているという意識はないのだが
    とても不思議な体験だった
    そして前の人が終わり
    ガラスケースの中に入ると
    鼓動は聞こえなくなり

    一人だけの空間をじっくり味わう

    水の中の水という言葉
    死者と生者

    うつし鏡


    ガラスの向こう側の風船は
    近いのにこちら側の空気の流れとは違った流れで動いている
    その二種類の風の動き

    触れられそうで触れられない
    でも隣り合って存在しているような
    不思議な感覚

    ライトは映りこみ
    風船も虚像をかさねる
    ガラスを挟んで対に置かれたガラス瓶
    フロアーから覗き込む観客

    ガラスケースの中から眺めるほうが
    豊かな世界が見える

    すこしカラープリントの布は
    少女趣味的すぎるのではないかと感じていたが、
    それはあくまで装置のようなものであって

    そこに漂うものは
    ガラスという境界と空気の揺らめきに呼び起こされる
    私たち見る人の身体そのものなのではないか

    オーガンジーのリボンが風によって命を吹き込まれるのと同じように
    この空間はそこに訪れる私たちの身体そのものによって
    命が吹き込まれているのではないか

    空間に包まれて待つという行為の中から生まれる鼓動
    ガラスの世界に包まれることで現れる
    他者との眺め合い
    其処には常に空間の歪みのような
    揺らぎが存在して

    他者、自分、生者、死者、
    影、記憶、夢、それらの境界があいまいに揺らいでいく


    三渓園、横笛庵の母型との出会いの体験は
    別格とも言えるものだったので、
    それを越えることは容易ではないと思うが

    また違った方向に非常にラディカルに進みつつ
    空間を呼び起こしている

    ギャラリー小柳の前々回の細かい穴が穿たれた小紙片
    発電所美術館の水滴のつくる紋と出会った瞬間の
    ゾクッとするような感触の作品にも出会いたかった気もするが
    今回の方向性もおもしろい


    昼になったので昼食をとりに外へでて
    焼き餅やサンドイッチなど食べ
    すぐに美術館に戻り
    図録や本を読む

    トークの一時間前から再び
    作品を眺めるが
    人がぎっしりで行列ができている

    内藤さんの文章に刺激されてか
    貝紫染めの布を折畳んで置いたものが
    ガラスケースの外側のサッシに
    むき出しに置かれているのが
    ネジ穴が傷のようで
    その精霊の色の布の置かれ方に
    なんだか傷ついていた


    トークが始まる時間だが
    チケットを買う人の行列ができ
    開始がすこし遅れた
    中庭にはぎっしりと人が集っている

    内藤さんの言葉で一番印象的だったのは
    最後に質問した人に対する答えで、
    男の人にはわかりにくいかもしれないけれど
    女の人にも母性が必要なんです
    という言葉だった


    ガラスケースの中を生者の世界
    外を死者の世界と内藤さんは言っていた
    その発想自体すごいと思うけど


    見る側としてはガラスケースに段をのぼって上がるというのは
    夢の世界に入っていくような
    水族館の水槽の中に入っていくような
    どちら側かといえば、非日常、死者の世界の軽さに近づくことのように
    感じていた

    生者に対する慰めとしての飾りつけが必要ということも
    わかるので、そこら辺は別に作者と見る側の視点が一致している必要は
    ないのだと思う

    トーク終了後
    たくさんの人が内藤さんのところに
    質問、感想、握手、サインのため訪れる

    ずっと近くで話しに耳を澄ます

    その中で
    驚嘆したのは、
    あの三渓園の横笛庵の糸の先の輪っかが
    ビニール袋を裂いたものだったということ

    あの生命を宿した
    もの
    ものの在り方を更新した
    生の誕生にまで触れえる
    あまりにもうつくしい存在が
    工業製品を素材にしたものだったということの
    この驚愕

    ああ、石油製品というものの
    石油という科学物質の本質
    古代の生物の屍骸が変化したか
    星の誕生からの無機物か菌によってかわからないけれど
    とこしえの生物の歴史さえも越えるような
    うねりの記憶を宿した物質の

    その真の姿の意味を
    その記憶を呼び覚ました

    すべてにいのちのきおくがやどっている
    それをあらわにすること

    その最も遠い記憶を
    あらわにすることで
    最も生命にちかづいた
    もの

    まったく自然や命から隔絶されたように
    工業的に加工されて、大量消費、捨てられていくもののうちに
    秘められた意味を
    美を

    現代のその素材でしかなしえないこと
    これには深くこころうたれた

    工業製品に命を宿らすこと
    それは現代における巫女の姿
    だからこそあれだけ多くの人が
    内藤さんのもとに集うのだろう

    縄文の巫女のつくったであろう土偶
    その巫女と鎌倉の美術館に集った人々と
    その周りを漂っていく
    精霊のリボン
    内藤さんに同じ巫女の姿を
    幻視するようだった



    トークの中でも
    中庭のオーガンジーのリボンが
    シルクではなく市販のポリエステルだということを
    話していたけど

    寧ろ佐久島で見たシルクの貝紫染めのオーガンジーより
    うつくしかったようにさえ見える

    トークの最中も揺らめき漂う精霊は
    観客の頭を撫で
    通りすぎる
    うつくしい光景
    知らぬうちに恩寵が舞い降りているように

    風の舞い
    無垢の踊りをつづけていた

    空に舞い上がり
    漂う精霊の舞いの
    光のかげのようなうつくしい
    さま

    風だけがあっても
    リボンだけがあっても
    これは見ることができない
    と内藤さんは言う

    その二つがあって初めて
    精霊の姿はあらわになるのだ

    ちょうど行きの電車で
    折口信夫の処女小説「口ぶえ」を読み終えたのだが
    主人公が出奔した旅の途中で
    塚の上に淡紅(トキ)色の蛇がいるのに恐れ慄くのだが
    草の上に揺らめく淡紅(トキ)色の細紐だったという
    シーンが印象的に描かれている

    昔の人が精霊というものを
    呼んだ始まりとは
    そういうものだったのだろう

    閉館時間までいて
    お礼を言って帰る
    最後に見た池の上のビーズの弧が
    昼間の印象とはまるで違う
    幽玄な光を放ってうつくしかった

    友人も何人か来ていたのだが
    偶然駅前のカフェで
    友人に出逢い

    帰る
    電車のさなか

    紙粘土で

    躍るばを
    カタチをつくっていると

    突然

    水の中の水

    水の中を泳いでいる
    私はつくることで
    水の中を泳いでいる

    指先に触れている泥の中で
    泳いでいる

    踊る
    大野一雄さんの
    姿

    ああ
    だから河童だったんですね
    一雄さん

    羊水の
    胎内で
    踊る一雄さん

    釧路湿原まで行って
    踊っていた一雄さん

    そうか私たちは
    水の中の水のように存在しているのだ


    いう


    出逢っていました




    ありがとうございました




    内藤礼さん













    内藤礼
    「すべて動物は、世界の内にちょうど水のなかに水があるように存在している」

    2009年11月14日 ~ 2010年01月24日

    開館時間
    午前9時30分~午後5時(入館は4時30分まで)

    休館日
    月曜日
    1月12 日(火曜)

    神奈川県立近代美術館 鎌倉

    〒248-0005
    神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-53 
    電話:0467-22-5000(代表)


    観覧料
    一般 700円(団体600円)
    20歳未満・学生 550円(団体450円)
    65歳以上:350円
    高校生:100円

    団体料金は20名様以上から適用されます。
    中学生以下、障害者の方はすべて無料です

    http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2009/naito/index.html











        2009-12-18 「文化 資源としての〈炭鉱〉」展

    吉増剛造さんが参加しているので
    講義でチケットをもらう

    パフォーマンスは別料金だったが、
    夕張の、石狩シーツの朗読ということで
    行くことに、

    パフォーマンス前に時間がなかったが、さらっと展示を見る

    吉増さんの偶然多重露光が生まれた夕張の写真や銅版

    炭鉱の人々の
    生きた表情を捉えた写真群に
    亡霊や精霊の渦巻いているような

    「ゴォグォゴォロォォ」

    というような地響きの叫びのような
    声が鳴り響いている


    非常に愉しみになって
    パフォーマンス会場に行く

    なぜか美術館ではなく区民センターの集会室
    部屋に入ると吉増さんは銅版を敷いて床に正座し
    観客は会議机に座っている
    とても見ずらいので、床に座りたいが、
    空間がわるい
    女坑夫さんと書いた吉増さんの朱書きの書もひょろりと力ない
    いやな予感がしつつ

    学芸員と対談がはじまる
    講義で話していることに交えて女坑夫さんのことが語られる
    対談途中に連れがピンチハンガーを鳴らしだし、
    吉増さんに注意される

    そうしていたら、今日はもう読まないから話しましょうということになり
    話す会に

    偶然居合わせた映画監督が炭坑のドキュメントを撮った際
    朝鮮人労働者の為におにぎりを作るときできるだけぎゅっと握って
    大きさが同じでもお腹がいっぱいになるようにしたという話をする

    それでも残り15分くらいで主催者の学芸員に促され
    じゃあやりましょうかという感じに、

    どうしても炭坑夫さんの写真に焼きついたものたちは
    歌われなければならない

    その声なき声に動かされ、ほとんど無意識的に机をぶったたいて
    空気をぶった切る
    そんな状態で読まれてたまるか

    武満徹の
    西洋の楽譜化された音楽と違いインドネシアの音楽は持ち運ぶことができないという言葉をひいて
    むしろ反語的に、持ち運ぶことのできない音楽を
    どうやってイメージの力をつかって持ち運ぶのかという意味だという話をしていた吉増さんが
    言葉ではなく身をもってしめすこと

    言葉にならないものたちが渦巻いていたのが炭坑であって
    言葉で語られるものだけで終わったら意味が無い

    おそらく新作の詩を少しだけ読んで
    あの声をもっと聞きたかったが、
    大学で教えていると注釈を入れたくなる、
    生活のことだとか
    泣き言めいたことを言っていたので

    腹立たしかったが、連れに話をきくと、原因は連れにもあったことを知る
    その後ゆっくり炭坑展を見る

    女坑夫さんの木版画
    土門拳の子供たちの表情
    女坑夫をやっていたおばあさんたちのポートレイト
    炭坑美人に宿るゆれ(ユーレ)のような美
    女坑夫さんたちの言葉も良い
    顔が炭で真っ黒になった炭坑夫の顔(ゴォグォゴォロォォォォ)
    ボタ山
    強制労働でつれてこられた朝鮮人のボタ山の墓
    石炭まみれの炭坑夫など
    写真群がすばらしい

    渦巻いている

    炭坑に行ってみたくなった

    絵画の方は炭鉱の質感に負けているのか印象がない


    とても良い展覧会です
    おすすめ

    でもパフォーマンスを区民センターにしたのは失敗ですね
    美術館閉館後に美術館でやったら
    すごかっただろうな、
    もしくはせめて美術館の建物内だったらと






    「文化資源としての〈炭鉱〉」展

    2009年11月4日(水)~12月27日(日)
    午前10時~午後6時(入館は午後5時30分まで)
    月曜休館

    目黒区美術館1階・2階展示室

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