Nobuyuki Sugihara

砂場の山の隧道の指

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        2010-02-07 初茶碗

    手造りの器の生活に憧れて

    母の陶芸に
    便乗して作らしてもらった

    初茶碗と湯呑が焼きあがった
    手捏ねで
    茶の粘土に
    月白の釉をかけたお茶碗と
    織部の釉の湯呑

    織部の湯呑は少し釉薬が濃すぎて
    重くなってしまったが、色はうつくしい

    月白の茶碗は
    少し織部の釉がついたり
    釉もむらができたが、

    ちょうど、もらってきた赤飯の赤みや
    今食べていた玄米の黄色を盛ってみると

    月白の紫がかった青白い色に映えて
    とてもおいしい

    もちろん食べ終わったら、
    すぐに洗って大切につかう
    リズムがおしだされる

    この手造りのでこぼこに触れていると
    そこにはリズムやエネルギーが生まれてくる気がする

    工業製品の無表情さは命を止める働きがあるような気がする

    手の跡
    そのでこぼこの
    薄らとした窪みや丘には
    生命が隠れ住んでいるような気がする

    これは命を頂くということを
    手が伝えていくこととも繋がり、

    手はとても多くのことを伝えてくれるから
    例えば、ドアに触れるときでも
    それが工業製品の取っ手と
    手作りの取っ手だったら、

    その温もりある形からは
    瞬間的に山を滑り降りるように
    いのちを貰っているのかもしれない
    そうやってすべてのものに生命の、
    自然のリズムが宿って、

    常に視覚や触覚にいのちを呼び起こし続けるのと、
    それがピタッと止まってしまうようなものに
    囲まれるのでは生きるちからが大きく変わってくるのではないか、
    そのように常に五感で大自然のリズムを感じつづけること


    手作りのでこぼこに釉薬が作る
    色の美しさに
    絵を描いているものにとっては
    目を奪われるものがある

    そして一回焼いてみて、どんな感じかわかったので
    次からはもっと自由にかたちが造れる

    楽しみだ
    取り皿や醤油皿、コップなども
    造ってみたい







        2010-02-07 「野焼き参り、はきだめから赤子とすみつかれ」アートコラボラボ9

    朝4時半起床
    真壁へむかう

    列車のなかで
    朝が明けていく

    薄雪のつもった
    景色のなか
    駅から自転車で

    朝靄に
    筑波山が
    うつくしい
    エロスに濡れた
    姿を浮かべる

    8時半
    授産施設に着き
    野焼きの準備

    施設のグループホームで働く方の家から
    野焼きに使う
    廃棄する杉の屋根材を
    もらいに行く
    すると
    わざわざ
    焚きつけ用の
    枝葉を軽トラ一杯にもらってきてくれたので
    そのまま車で運んでもらう

    ブロック塀で囲われた
    施設のごみ焼き場の中に入って
    野焼きを始める
    まず紙や段ボールと板材、枝葉に火をつける
    すると乾いた枝葉が燃え上がり
    すぐに火がついた

    薄雪が残っていたので
    しばらく火を焚いて
    湿気を飛ばしてから
    コンクリブロックを置いて
    ごみ焼き場の端に小さな炉を作り
    ブロックの上に乾いた粘土を置いて
    両面を炙ってから、火の中にくべる

    投入したテラコッタ粘土の一つが
    すぐに破裂してしまった
    野焼き用粘土でないので
    炙りがたらず
    急激に温度が上がりすぎたのだろう

    その他順調に焼き進める
    自分のつくった粘土を火の中に投入して
    だいたい感じがつかめたので
    広瀬君のつくった粘土を炙り始める

    その隙に、広瀬君の部屋に行って
    野焼きしてるから気が向いたら
    おいでと声をかける

    午前中だからか、
    めずらしく、毛布を被らず
    部屋で座っていた

    スタッフの人に朝尋ねたところ
    広瀬君に野焼きやるか声をかけてみたら
    うんと頷いていたと言っていたので
    興味を持ったのかもしれない

    しばらくごみ焼き場のブロックの囲いの中に入って
    火を焚いていると
    広瀬君がやってくる

    ごみ捨て場の中に入って
    熱い、熱い言いながら
    木をくべている姿がおもしろいらしく
    笑いながら
    廃材をくべるのを手伝ってくれる

    廃材は長いので、半分に折って入れてと言うが、
    最初のうちは半分にしていたが、
    途中から、折らずに
    投入してくるので、
    「コラ広瀬君、折らなきゃダーメダロ」
    というが、笑いながらどんどん投入してくる

    ごみ焼き場の中覗いてみる?
    と尋ねるが、いいと言う
    こわい?と聞くと
    うんと頷く

    そのうち、焚火に粘土が入るスペースがなくなってきたので
    最初にいれた粘土を取り出してみる
    するといい色に焼きあがっている
    その色の艶やかさというか
    赤裸の色が
    産まれたての赤子のように
    なまなましい色で
    思わず、広瀬君
    すごいきれいな色だよ見てごらん
    と言うと、広瀬君はそーっと覗いて見ていた

    取り出したての粘土は
    周りの木の葉が引火するほど熱い
    その鮮やかな色も
    熱が冷めるにしたがって薄れて
    落ち着いた色になっていく

    その後、他の乾いた粘土を取りに二階に行くと広瀬君もついてきて
    粘土やる?と聞くと頷くので、用意してから
    野焼きをつづけに戻ると、
    広瀬君も着いてきた
    粘土を下に取って来て置いておくが、

    やっぱり、
    木をくべるほうが楽しいらしく
    あらかた廃材をごみ捨て場の中に投入し終わると

    今度は
    焚きつけ用の枝葉をでっかいまま
    突っ込んでくる
    これはでかすぎだって
    火事になるって
    と言って
    千切って調節して投入する

    焼き終わった粘土をとり出しては
    新しく火にくべる
    その作業中はやることがないので
    いつのまにか広瀬君はいなくなっていた

    そして12時頃までに
    予定していた野焼きが全部おわり
    いくつかは破裂してしまったが、
    うまく焼けた

    あとは
    ゆっくりと冷めるのを待って完成

    1時のワークショップまでに
    廃材を頂いた家にお邪魔して、
    頼まれていた
    御先祖の遺影を描く仕事を
    渡しに行って
    昼ごはんを頂く

    その時
    すみつかれ
    という名物料理をいただく
    大根をすりおろしたものに
    油揚げと豆と酒粕をいれたもので

    初午の日に赤飯とともに食べるらしく
    赤飯も一緒に頂いたのだが、

    とてもおいしかった
    すみつかれは
    この地の
    この家にとても似合っている味というか
    この場所の芯を味わっているような味で

    毎度のことだが
    ぜんぶの田舎料理がとっても美味しく
    力をもらっている
    育てている菜の花に似た野菜の炒め物に
    松前漬もおいしい

    焚きつけの木と言い
    ありがたいことだ

    描いた御先祖の絵を
    とっても喜んでくれて
    おじいさんとおばあさんが
    二人して別の親戚に電話して
    よく出来たから見においでと言っている

    こうやって真壁の人に助けられて
    喜んでもらえるというのは
    とてもうれしい出会いだ
    お礼を言ってワークショップに向かう

    今日はワークショップ参加者は少ない
    机を囲んでみんなで絵を描き、粘土をつくる
    担当のスタッフの方が用事で席をはずしていたので
    なかなか広瀬君のところに行けず、

    3時近くになってようやく
    広瀬君の部屋を訪ねる
    広瀬君は毛布を被らず
    座って部屋にいた

    さすがに朝からの野焼きに疲れて
    どうにも声を出す気にならず、
    しゃべりながら普通に粘土をつくっていく

    すると広瀬君はにやけながら布団を敷いて
    横になってしまった

    今日は色々粘土に模様をつける道具を持ってきたので
    実践してみるが、広瀬君は動かない

    今日は疲れた、もう声は出せないよ
    と思いながら、作っていくと
    いつのまにか自然に声が出ていて

    疲れ切った体からは
    そのままよい声がでてきたらしく

    広瀬君は起き上がって
    手招きして
    交流ホームの多目的室に向かう
    そこでくるくるまわってから
    ごそごそと絵具を探すが見つからない

    絵具は部屋に置いてあるのだ

    これ使ってもいいよと
    色鉛筆など渡すが
    そのうちに
    帰っていってしまう

    この時、手伝うべきではなかったのだ
    普通に楽しく声をだして粘土作っていればよかったのだ
    この手伝う立場に変わってしまったことによって

    呼び出された場が変わってしまったのだ
    そのまま自分でやらせればよかったのだ
    その結果なにかが生まれたか、生まれなかったかは
    わからないが、それでよいと思った

    その後も部屋に戻って
    声を出しながら粘土を作るが
    広瀬君は布団に入ったままで
    少しだけ持ってきた道具で粘土に
    模様をつけただけだった

    今日の体験を経て思ったのは

    広瀬君はいたずら好きで
    やりたくないことは
    やらないだけだと思っていた

    作業にも出ず、部屋に閉じこもりがちになっているのは
    このコラボワークに原因があると思っていたが、

    もしかしたら、広瀬君は
    興味をもったことしかやらないのではなく

    コラボワークでつくってほしいという
    僕や園の人たちの期待を感じていて
    それに応えたいという気持ちはあっても

    ほんとうにやりたいことしかできないから、
    体がうごかないから、
    それがプレッシャーになっているのかもしれない

    そういう人なのかもしれないと思った

    もしそうだとしたら
    広瀬君、もう十分できているからいいよ
    映像にしろ、粘土にしろ、絵にしろ
    おもしろいものができているよ
    という気持ちと、

    広瀬君がおもしろがって作れる場所を
    もっと見つけられたらいいなと
    思った

    野焼きのおわった粘土たちは
    とてもうつくしい色で
    まさに
    はきだめから産まれた赤子のようで








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        2010-02-07 国宝土偶展と秋冬山水図

    個人蔵の土偶も見れるということで
    土偶展に行く

    平日だというのにけっこう人が多い

    懐かしい縄文ビーナスと仮面の土偶から
    見たことなかった土偶たちが勢ぞろい

    すばらしい土偶たち
    でっかいすばらしい造形の縄文土器や
    獣の土偶
    亀の空飛ぶようなのもある
    人面水差しみたいな
    ふてぶてしいまでのいのちのあらわれに
    すこし懐かしい泪を誘われるような気がする

    どれもこれもすばらしい

    座ってほほに手を当てる土偶の
    背の空間性に惹かれる

    見たかった山形の土偶は正面からみると
    あまり格好よくなかった

    遊びのいのちと
    精神の宇宙の満ち欠けに
    ゆられ

    一通り見てから
    せっかくだから常設も見る

    アイヌのアットゥシや鉢巻きの文様と
    北海道の土偶の文様が明らかに共通していること

    刀、
    色ガラス瓶の特集
    地中海のうつくしい首飾り

    翡翠の珠

    勾玉に胎児の命が宿っていた時代と
    それがただのコピーとしての勾玉に変わる時

    そして
    雪舟の国宝秋冬山水図も偶然出ていた
    以前見たときより、明りが暗いのか印象は薄かったが、
    それでもこの幻視のすばらしい風景が国宝になっていることはうれしい
    セザンヌとの共通点

    他にも伝雪舟の梅下寿老図なども出ていた

    この縄文の土偶から
    アイヌ、秋冬山水図など日本美術の核(コア)を展望できる機会というのは
    とてもすばらしい

    閉館30分前
    土偶室に戻ると、ひとけがなく
    空いている

    ありがたく
    土偶たちと向き合う
    すばらしい時間


    昼過ぎから行ったのだが、
    時間がたりなかった
    一日居ても楽しめる展示だろう
    (雪舟の絵は2月7日まで展示)


    それにしても
    遮光器土偶などの
    東北の黒光る土偶は
    どうやって焼かれているのだろう
    あれだけむらなく、黒光る質感というのは
    野焼きではでない
    窯状のもので、酸素を減らした状態で焼き上げたのか
    土が違うのか、
    興味深い


    ただ一つ気になったのは、
    展示方法に難があること
    でっかい縄文土器の修復してある方の取っ手を前面に向けたり、

    大きな釣り手土器の貧相な顔の造形を見て
    裏側の方はカミや精霊のような造形だったので

    裏と表の在り方について考え込んでしまったが

    キャプションを見ると
    顔は修復だと書いてある

    学芸員か研究者の修復の腕を見せつけたいのか知らないが、
    あんな貧相な造形力で恥を晒すとは恥ずかしい

    カミや精霊の造形を表にして、
    修復は後ろに向けるという態度が
    まっとうな学者の態度であり、
    慎み深い、
    御先祖たちに対する礼というものだと思う












        2010-01-29 「握手」アートコラボラボ8

    湘南新宿ラインが遅れて、
    電車に乗り間違えたりして
    ぎりぎりの時間に施設に着く

    ペンキ塗換えの足場も完全になくなった

    玄関の外にみんな出ていて
    なんだか元気だ

    施設の人も、
    新聞に折元さんのワークショップの記事が載ったんですよ
    と記事を見せてくれる

    なんだか、みんなウキウキしている
    折元さんのビックシューズのワークショップを
    30人がやったということで、
    みんなテンションが高い
    さすがというべきか

    このウキウキ感に乗って
    今日は出町さんが休みだというので

    ワークショップ参加のみなさんと
    一緒に机に座って粘土つくり

    絵を描く人、
    粘土を作る人

    とてもいい気分でつくる

    1時間ほどしてから

    広瀬君は来ていないので
    広瀬君の部屋へ

    今回は初心にもどって
    みなさんとワークショップしてから
    何も持たずに広瀬君と会う

    声と粘土のコミュニケーション・パフォーマンス
    何ももたないことの自由さ

    自然と言葉でも話しかける

    映像を撮りあい
    外を指差す広瀬君

    窓を開けて外の映像を撮る
    これが広瀬君が毎日おそらく見ている風景ですよ

    隣の部屋に行ってそれを覗く広瀬君

    粘土がなくなったので
    みんなのところに戻って
    見てまわる。みんなおもしろい絵を描いて
    紙粘土を作っている

    広瀬君は
    少しだけ絵も描いたけど
    土の粘土も主体的に作りたいわけではない

    なんにしろやる気を呼び出すまでには至らず
    今日もみんなのところには行かなかった

    そろそろ
    やはり真新しさ
    心の冴えた好奇心を刺激する処へ
    行かないと
    ならないのだろうなと
    想いながら、

    作業を終えた他の利用者さんが
    部屋に帰ってきた

    そして広瀬君ととても仲のよい
    カズヒロくんが来た時

    広瀬君はカズヒロくんの手をとって
    僕の手と握手するように促してくれた

    これはとてもうれしい
    できごとだった

    カズヒロくんと握手して
    今日のワークショップは
    おしまい








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        2010-01-29 「面とカミ声」アートコラボラボ7

    そろそろ声の表現でないことがしたいと思い立ち
    お面をつくることにする

    筑波山の登山道で拾った木の皮に穴をあけて
    簡単な木の皮面をつくって持っていった

    ワークショップがはじまり
    広瀬君の部屋へ訪ねる

    持ってきたバックに興味をもって
    中身を見せると
    お面の袋に興味を持ったので

    被って話しかけると
    笑いが溢れる

    こういった時に、
    石垣島のアンガマーや遊佐町のアマハギの声が
    呼び出される
    高いカミ声で

    ビデオカメラのテープの取り出し口に興味を持って
    それを開けると、自動的にテープが出てくる

    「ダメダヨ、ヒロセクン、ソーレ、コワレチャウカラ、アケタラ、ダーメダッテ、ホラ」

    と言って、閉めると、また開けて

    「ダーメダッテ、ソラ、ダーメダッテ」


    何度もやりとりする


    他のワークショップ参加のおじさんの
    茨城訛り言葉も混ざっているようだった

    そうやって、広瀬君との言葉によるコミュニケーションがはじまった

    映像を撮り合って、
    粘土を少し二人で作った

    今日も広瀬君は結局、みんなのワークショップ室には行かなかったけど
    言葉という領域に踏み込んだことは一つの前進

    と同時に物に頼ることについての弱さも少し感じつつ、
    真新しさに対する広瀬君の反応についても考える




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