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2012-04-12 島つぶやき
緑と水場 http://twitpic.com/951xe9
島アートhttp://twitpic.com/951yz3
島アート、生活の中に息づく表現 http://twitpic.com/9520bt
海に隔てられている。海に独立している島は、生活もまた自給的になると同時に、
文化も自給的になる。表現は途切れることなく生活とつらなっている。
島身体は百姓。百の名を持つ身体。
今日、生まれて初めてわかめを採って食べた。満月の大潮の岩場にはわかめだらけだった。
わかめのしゃぶしゃぶを食べさせてもらったが、わかめというだけあって、
湯に入れた瞬間に透きとおった萌黄色に変わるそれは、
中国産の今まで食べてきたワカメとはまったく別物の美味さだった。
花見にて、捕りたてのしし肉を食べる。野生の肉と、家畜化された柔らかな肉では、
私たちの身体と精神に刻み込まれる、生きることの躍動感に違いが出てくる。
確かに家畜化された柔らかな肉は旨いけど、野生に生きるものの躍動する命の連環が、
そこに働くのか。野草や野菜、海の物も同じ、野生について。
こういう、味覚など口内における感覚を原始感覚というのかもしれない。
西丸さんは食生態学者であり、医学も学んでいる。
原始感覚と言う言葉はもともと医学用語にもあるらしい。
口内の感覚や内臓感覚など生存に基づく、原始感覚。食というのは生の柱だ。
生をつなぐものについて、守られきった中で与えられた生と、
生が持つ生存というもの自体の躍動する感覚が、都市を中心とした機能の中で、
どのように歪んだものになっているか、自分自身を振り返って思う。
食と言うことでも、如実だが、住空間や文化精神全てにおいて、それはほとんど途切れ途切れだ。
島四国 http://twitpic.com/98nuv5
島四国とは、粟島に北前船が88隻になった1827年に88体の石仏を建立し、
毎年旧暦の3月21日に88か所巡りを行う。
その際、島中のお堂の中にばあちゃんやじいちゃんが待っていて
お接待のお菓子をくれるというとても素敵なイベント。
今年は雨だったけど、道作りからやるので皆元気なんですね。
twitter https://twitter.com/#!/sugiharanobuyuk
つづく
島アートhttp://twitpic.com/951yz3
島アート、生活の中に息づく表現 http://twitpic.com/9520bt
海に隔てられている。海に独立している島は、生活もまた自給的になると同時に、
文化も自給的になる。表現は途切れることなく生活とつらなっている。
島身体は百姓。百の名を持つ身体。
今日、生まれて初めてわかめを採って食べた。満月の大潮の岩場にはわかめだらけだった。
わかめのしゃぶしゃぶを食べさせてもらったが、わかめというだけあって、
湯に入れた瞬間に透きとおった萌黄色に変わるそれは、
中国産の今まで食べてきたワカメとはまったく別物の美味さだった。
花見にて、捕りたてのしし肉を食べる。野生の肉と、家畜化された柔らかな肉では、
私たちの身体と精神に刻み込まれる、生きることの躍動感に違いが出てくる。
確かに家畜化された柔らかな肉は旨いけど、野生に生きるものの躍動する命の連環が、
そこに働くのか。野草や野菜、海の物も同じ、野生について。
こういう、味覚など口内における感覚を原始感覚というのかもしれない。
西丸さんは食生態学者であり、医学も学んでいる。
原始感覚と言う言葉はもともと医学用語にもあるらしい。
口内の感覚や内臓感覚など生存に基づく、原始感覚。食というのは生の柱だ。
生をつなぐものについて、守られきった中で与えられた生と、
生が持つ生存というもの自体の躍動する感覚が、都市を中心とした機能の中で、
どのように歪んだものになっているか、自分自身を振り返って思う。
食と言うことでも、如実だが、住空間や文化精神全てにおいて、それはほとんど途切れ途切れだ。
島四国 http://twitpic.com/98nuv5
島四国とは、粟島に北前船が88隻になった1827年に88体の石仏を建立し、
毎年旧暦の3月21日に88か所巡りを行う。
その際、島中のお堂の中にばあちゃんやじいちゃんが待っていて
お接待のお菓子をくれるというとても素敵なイベント。
今年は雨だったけど、道作りからやるので皆元気なんですね。
twitter https://twitter.com/#!/sugiharanobuyuk
つづく
2012-04-02 むすんで、ひらいて~新・芸術体験プログラム~vol.2「原始感覚と出会う」
2012-03-21 旅ぐらし―岡山、瀬戸内、豊島美術館、京都、やまなみ工房、飛鳥
所用で瀬戸内を訪れる。
岡山で吉備津神社、吉備津彦神社、吉備の中山
楯築遺跡へ行く。
吉備津神社への参道、松並木
温羅(ウラ)という鬼の伝承
鳴釜神事の行われる御釜殿は神社の建物のなかで
火を焚き湯を沸かしている。日常的に。
神社の清廉な空気の中、湯気が舞い踊る。
この形象こそが、カミと呼ばれたものの姿見であるように。
阿曽女(あぞめ)というお婆さんが神事を行う。
吉備の中山の穴観音から眺める
茶臼山古墳の亀のような形態感
穴観音は仏教以前はおそらく原始宗教の磐座で
吉備の桃太郎(おじさん)と会って話をする。
この辺は吉備の穴海と呼ばれ、
入江と小島の海だったそうだ。
桃太郎と浦島太郎が重なって、
温羅(ウラ)と浦(ウラ)、竜宮島と鬼が島
茶臼山古墳の亀に乗って常世にいく舟
吉備の中山
八畳岩(奥宮磐座)は
とぐろを巻いた蛇体のような巨石のつらなりがなす
すばらしい力をもった磐座
それから
吉備路を歩いて楯築遺跡を目指すが、
路をまちがえ、引き返したので、
日暮れに間に合わない、
雨も降ってきて雨宿りに自動車屋さんに入って、
道を尋ねると、
車で連れて行ってくれることに。
実はまだかなり遠く、雨もつよくなったので
ほんとうに助かった。
遺跡に着いて、
お礼をいってから急いで雨の中見る。
暗くなる寸前に少し見ることができた。
そして墳丘内の東屋にテント張って、
スーパーに買い出し、食事をして寝る。
朝、雨は降っているが、楯築遺跡を再度見る。
楯築遺跡は墳丘墓の上に立つ
ストーンサークルだと言うので見に来た。
確かに4つの石が円に立っているが、
これがストーンサークルかと言われると、微妙ではある。
しかし、墳丘上の祭壇としては非常におもしろい石があり、
水を溜める石の器のような石や
円卓のような石の座があり、
非常に重要な聖域であったことは確かだ。
給水塔が建てられ、墳丘のかなりの部分が壊されているが、
随所に美しい巨石が落ちている。
それから歩いて王墓山古墳と真宮神社へ
貝がらを含んだ石で作られた石棺
尾根状に、巨石と石窟古墳がつらなる。
その後、歩いて吉備津駅に戻り、一路香川県へ
詫間という駅から粟島へ、
神社で百々手(ももて)祭りの準備をする
おじさん達に焼きたての牡蠣を振る舞ってもらったり、
島のおばさんが作った土壁の蔵の中のビーチコーミングで集めた
シーグラスを敷き詰めた空間などを見せてもらった。
それから詫間に戻り、高松へ
食事をしてから、バスに乗ってぽかぽか温泉に入り、
近くの公園でテントで野宿
朝、高松駅前のセルフの手打ち讃岐うどんを食べる。
前に来た時、朝5時に食べたうどんのほうがうまかった気がするが、
朝一は気合いが入っているのだろう。
それから、もう一軒讃岐うどん屋でうどんを食べてから
小豆島へ、
オリーブのかがやくばかりの色に目を奪われ、
巨大な石の桟敷などをバスから見てから
所用を済ませ、
港へ、豊島へ行こうと思っていたけれど、
せっかく小豆島に来たのだから、少し
散策しようと、港に泊まる。
日本最大の宝生院のシンパクを見に行く
それから尾崎放哉の資料館と記念館と墓へ行く
エンジェルロード、干満で現れる小島への道も満ちていて
見れなかったが、ハート型の絵馬がぎっしりついていて
うるさい場所になっていた。
それから神社などをゆっくり回って
港近くの食堂で、小豆島手延べそうめんなどを食べて
港にもう一泊してから、
豊島へ渡る。
商店で荷物を預かってもらって、
参道のうつくしい岬の神社へ
途中光り輝く海の白波の広場と赤茶けた岩と砂、松の緑の合間に
萌黄のグリーンが覗いていて、心を射とめられた。
崖を降りていくと、海草の色鮮やかな緑だった。
それから
ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」へ
浜辺に焼杉の黒い建物
しばらく開館まで待って、中に入る
暗闇に心臓音が響きわたり、裸電球が明滅する。
壁面には黒いプレートが貼り付けられている
細長い空間。奥にスピーカーが取りつけられ、
心臓音が身体を貫く。
ただボルタンスキーは、妻有の「最後の教室」で見た時のほうが
全然よかった。
小学校に染みついた歴史性と呼応する形で心臓音が響きわたるのと、
作家の思い通りに新たに作った空間では、場の持つ力の違いは明らかだった
予算がありすぎて、自由が利きすぎることの問題というものもある。
廃屋はたくさんあるのだから、もっとそういうものを生かした
豊島の傷に触れるような関わり方があったのではないか。
それから豊島美術館へ
内藤礼さんのこれを見たくてここまで来た。
チケットを買って簡単な説明を受ける。
白い球状の建物を横目に白いコンクリートの道を歩いて
山を一週周って行くと
瀬戸内の海の眺望が広がる。
ぐるっと回って石窟古墳の入り口のように少し入口が
狭くなった奥は、御嶽の内部のような光さしこむ異世界
思わず内と外が穿った光の景色に目を奪われて
靴を脱いで入るのを忘れてしまった。
靴をスリッパに履き替えて
中へ、裸足で入ってみる
内に開かれた穴が外と繋がって
入って左手のほうは天窓というより、
バルコニーのように開かれた空間に落ちた光の底を
水銀の蛇が駆け抜ける瞬間の
生きた
命の躍動の光が奔った
このように舞い降りた光のなか
水の蛇、龍、
カミと呼ばれてきたものの
形象化
精霊と名付けられてきたものの形象化された
場の創造
これはまったく無垢な神の社の姿
この光と水の、
ただ水の流れるということのもっている
美しさの道は
このなんともいえない
動きの妙は
大河へ至る
川の命
水の命
右奥の天上穴から舞い降りる光と風と
水の生まれる所の、流れゆく
自然の舞の美しさに
心奪われる
ふるうるみずのたま
ここは月でもある
月面に初めて水が訪れた夜のはじまり
この月の子宮に初めて訪れた
命の水の流の子たち
この光の水の道筋
水と言うまったく当たり前で
もっともかけがえのないものを
しかもただ流れるということだけで
その美しさをあからさまにしてみせた
これはもうぶっちぎりで、
内藤礼さんは
人というものが築いてきた創造の歴史を
切り開いている
もちろん
コンクリート建築であるという
現代的なホワイトキューブという装置、
仕掛け、その文脈を引きうけつつ
それの可能性を極点まで引きだしているということ
これが、すべて石で出来ていたらと
想うことはあっても、
コンクリートの虚無で、水の命を鮮やかにするということ
これは、これでしかできないもの
ある極点であるという気がする。
唯一、天上穴の側面の厚みが厚すぎるという印象はあったが、
それ以外は完ぺきな空間だった。
恩寵ということに包まれる
その為だけの場所。
このようなことをやられて
ここから何ができるのか、
打ちのめされる
外にでて
ミュージアムショップもいい
建築系の雑誌に古墳形の球面を出すのに
土を埋めてアールを出したというのには驚いた
そういう現代と古代との入り子構造が何層にも織り上げられて
あの水の道が生まれているのだろう。
これは本当にすばらしい
唯一無二の場所が生まれた。
水は地下水をくみ上げて使っている。
それから、湧水や青木野枝さんの作品もよかった
歩いて港まで
(つづく)
岡山で吉備津神社、吉備津彦神社、吉備の中山
楯築遺跡へ行く。
吉備津神社への参道、松並木
温羅(ウラ)という鬼の伝承
鳴釜神事の行われる御釜殿は神社の建物のなかで
火を焚き湯を沸かしている。日常的に。
神社の清廉な空気の中、湯気が舞い踊る。
この形象こそが、カミと呼ばれたものの姿見であるように。
阿曽女(あぞめ)というお婆さんが神事を行う。
吉備の中山の穴観音から眺める
茶臼山古墳の亀のような形態感
穴観音は仏教以前はおそらく原始宗教の磐座で
吉備の桃太郎(おじさん)と会って話をする。
この辺は吉備の穴海と呼ばれ、
入江と小島の海だったそうだ。
桃太郎と浦島太郎が重なって、
温羅(ウラ)と浦(ウラ)、竜宮島と鬼が島
茶臼山古墳の亀に乗って常世にいく舟
吉備の中山
八畳岩(奥宮磐座)は
とぐろを巻いた蛇体のような巨石のつらなりがなす
すばらしい力をもった磐座
それから
吉備路を歩いて楯築遺跡を目指すが、
路をまちがえ、引き返したので、
日暮れに間に合わない、
雨も降ってきて雨宿りに自動車屋さんに入って、
道を尋ねると、
車で連れて行ってくれることに。
実はまだかなり遠く、雨もつよくなったので
ほんとうに助かった。
遺跡に着いて、
お礼をいってから急いで雨の中見る。
暗くなる寸前に少し見ることができた。
そして墳丘内の東屋にテント張って、
スーパーに買い出し、食事をして寝る。
朝、雨は降っているが、楯築遺跡を再度見る。
楯築遺跡は墳丘墓の上に立つ
ストーンサークルだと言うので見に来た。
確かに4つの石が円に立っているが、
これがストーンサークルかと言われると、微妙ではある。
しかし、墳丘上の祭壇としては非常におもしろい石があり、
水を溜める石の器のような石や
円卓のような石の座があり、
非常に重要な聖域であったことは確かだ。
給水塔が建てられ、墳丘のかなりの部分が壊されているが、
随所に美しい巨石が落ちている。
それから歩いて王墓山古墳と真宮神社へ
貝がらを含んだ石で作られた石棺
尾根状に、巨石と石窟古墳がつらなる。
その後、歩いて吉備津駅に戻り、一路香川県へ
詫間という駅から粟島へ、
神社で百々手(ももて)祭りの準備をする
おじさん達に焼きたての牡蠣を振る舞ってもらったり、
島のおばさんが作った土壁の蔵の中のビーチコーミングで集めた
シーグラスを敷き詰めた空間などを見せてもらった。
それから詫間に戻り、高松へ
食事をしてから、バスに乗ってぽかぽか温泉に入り、
近くの公園でテントで野宿
朝、高松駅前のセルフの手打ち讃岐うどんを食べる。
前に来た時、朝5時に食べたうどんのほうがうまかった気がするが、
朝一は気合いが入っているのだろう。
それから、もう一軒讃岐うどん屋でうどんを食べてから
小豆島へ、
オリーブのかがやくばかりの色に目を奪われ、
巨大な石の桟敷などをバスから見てから
所用を済ませ、
港へ、豊島へ行こうと思っていたけれど、
せっかく小豆島に来たのだから、少し
散策しようと、港に泊まる。
日本最大の宝生院のシンパクを見に行く
それから尾崎放哉の資料館と記念館と墓へ行く
エンジェルロード、干満で現れる小島への道も満ちていて
見れなかったが、ハート型の絵馬がぎっしりついていて
うるさい場所になっていた。
それから神社などをゆっくり回って
港近くの食堂で、小豆島手延べそうめんなどを食べて
港にもう一泊してから、
豊島へ渡る。
商店で荷物を預かってもらって、
参道のうつくしい岬の神社へ
途中光り輝く海の白波の広場と赤茶けた岩と砂、松の緑の合間に
萌黄のグリーンが覗いていて、心を射とめられた。
崖を降りていくと、海草の色鮮やかな緑だった。
それから
ボルタンスキーの「心臓音のアーカイブ」へ
浜辺に焼杉の黒い建物
しばらく開館まで待って、中に入る
暗闇に心臓音が響きわたり、裸電球が明滅する。
壁面には黒いプレートが貼り付けられている
細長い空間。奥にスピーカーが取りつけられ、
心臓音が身体を貫く。
ただボルタンスキーは、妻有の「最後の教室」で見た時のほうが
全然よかった。
小学校に染みついた歴史性と呼応する形で心臓音が響きわたるのと、
作家の思い通りに新たに作った空間では、場の持つ力の違いは明らかだった
予算がありすぎて、自由が利きすぎることの問題というものもある。
廃屋はたくさんあるのだから、もっとそういうものを生かした
豊島の傷に触れるような関わり方があったのではないか。
それから豊島美術館へ
内藤礼さんのこれを見たくてここまで来た。
チケットを買って簡単な説明を受ける。
白い球状の建物を横目に白いコンクリートの道を歩いて
山を一週周って行くと
瀬戸内の海の眺望が広がる。
ぐるっと回って石窟古墳の入り口のように少し入口が
狭くなった奥は、御嶽の内部のような光さしこむ異世界
思わず内と外が穿った光の景色に目を奪われて
靴を脱いで入るのを忘れてしまった。
靴をスリッパに履き替えて
中へ、裸足で入ってみる
内に開かれた穴が外と繋がって
入って左手のほうは天窓というより、
バルコニーのように開かれた空間に落ちた光の底を
水銀の蛇が駆け抜ける瞬間の
生きた
命の躍動の光が奔った
このように舞い降りた光のなか
水の蛇、龍、
カミと呼ばれてきたものの
形象化
精霊と名付けられてきたものの形象化された
場の創造
これはまったく無垢な神の社の姿
この光と水の、
ただ水の流れるということのもっている
美しさの道は
このなんともいえない
動きの妙は
大河へ至る
川の命
水の命
右奥の天上穴から舞い降りる光と風と
水の生まれる所の、流れゆく
自然の舞の美しさに
心奪われる
ふるうるみずのたま
ここは月でもある
月面に初めて水が訪れた夜のはじまり
この月の子宮に初めて訪れた
命の水の流の子たち
この光の水の道筋
水と言うまったく当たり前で
もっともかけがえのないものを
しかもただ流れるということだけで
その美しさをあからさまにしてみせた
これはもうぶっちぎりで、
内藤礼さんは
人というものが築いてきた創造の歴史を
切り開いている
もちろん
コンクリート建築であるという
現代的なホワイトキューブという装置、
仕掛け、その文脈を引きうけつつ
それの可能性を極点まで引きだしているということ
これが、すべて石で出来ていたらと
想うことはあっても、
コンクリートの虚無で、水の命を鮮やかにするということ
これは、これでしかできないもの
ある極点であるという気がする。
唯一、天上穴の側面の厚みが厚すぎるという印象はあったが、
それ以外は完ぺきな空間だった。
恩寵ということに包まれる
その為だけの場所。
このようなことをやられて
ここから何ができるのか、
打ちのめされる
外にでて
ミュージアムショップもいい
建築系の雑誌に古墳形の球面を出すのに
土を埋めてアールを出したというのには驚いた
そういう現代と古代との入り子構造が何層にも織り上げられて
あの水の道が生まれているのだろう。
これは本当にすばらしい
唯一無二の場所が生まれた。
水は地下水をくみ上げて使っている。
それから、湧水や青木野枝さんの作品もよかった
歩いて港まで
(つづく)
2012-02-17 むすんで、ひらいて~新・芸術体験プログラム~ vol.2「原始感覚と出会う」お知らせ
3月4日と3月11日に京都、
糺の森と京都芸術センターでレクチャーとワークショップを行います。
京都という都に眠る古層の記憶
縄文から脈々とつづく石の文化
その表層から秘された日本文化の根を
京都という地で手探りしたいと思っています。
そして3月11日という日に
京都でいったい何ができるのか、
その祈りの為の祭壇=サークルをつくるワークショップと
パフォーマンス=祭を行います。
この企画は長野の原始感覚美術祭、
青森のストーンサークルフェスティバルと
わざわざ京都から駆けつけてくれた、
考古マニアの稀らしい学芸員、
奥脇さんと温めてきた企画です。
ぜひ、
この稀有の時に京都芸術センターへお越しください。

むすんで、ひらいて~新・芸術体験プログラム~ vol.2「原始感覚と出会う」
「むすんで、ひらいて」は芸術家と芸術以外の分野の専門家が、
共通するテーマを元に、ワークショップやレクチャーを行うプログラム。
今回は「原始感覚と出会う」をテーマに、現代美術家・杉原信幸の作品と、
考古学者・中村大の仕事を紹介します。
レクチャーとワークショップで杉原の作品と考古学はむすばれ、参加者は
「原始感覚」を通じた、従来とは異なる芸術作品全体の見方をひらくこと
ができるでしょう。
「原始感覚」で始まる、新しい芸術の楽しみ方を見つけてみませんか。
《「原始感覚」と出会う》
今回紹介するアーティストは主に自然物を用いたインスタレーション作品
を手がける現代美術家・杉原信幸。彼が主張する「原始感覚」とは、現代
人が失ったかにみえる「野生の感覚・自然とともに生きる術」を指します。
石を置き、植物を編み、粘土を素焼きにしてできる、杉原の作品は、土地
やそこに住む人にひそむ古い記憶をひらきます。杉原は時にシャーマンの
ように人と自然の仲立ちしながら、人びとの感性を更新し、新鮮なものと
します。
一方、中村大は古代人の場所やモノに対する価値観やイメージを、GIS
(地理情報システム)などの手法を用いて解明しようと試みる考古学者です。
古代の資源利用、精神生活のあり方について、科学的手法から迫る中村の仕
事は、学術の立場から過去の暮らしや文化を、現代に役立てようとするもの
といえます。
【レクチャー編】
下鴨神社「研修道場」にて杉原・中村によるレクチャーを行います。杉原は
自身の作品と「原始感覚」について語り、中村は関西圏の祭祀遺跡と京都の
関係、原始の自然崇拝などを紹介します。同時に境内にある「糺の森」で、
11日のワークショップで用いるための小石、枯れ枝などの材料を集めます。
○日時:3月4日(日)14:00−16:00
○会場:下鴨神社「研修道場」・「糺の森」 ※研修道場前にご集合ください。
○講師:中村 大(考古学者/総合地球環境学研究所プロジェクト研究員)
杉原信幸 (現代美術家)
○料金:無料 ※暖かい服装でお越しください。
【ワークショップ編】
杉原と参加者で、原始感覚をもとにした作品作りを体験できるワークショップを
行います。参加者は持ち寄った自然物等を元に自分だけの祭壇状のサークルをつ
くり、それらを繋げて大きなサークルをつくります。本ワークショップは、原始
時代の京都と現代の人々の記憶をつなぐ祈りの場となることでしょう。
○日時:3月11日(日)13:00-17:00
○会場:京都芸術センター内
○講師:杉原信幸
○料金:500円
※好きな石、小枝などをお持ちください。思い入れのあるものでしたら、
布や糸などのものでもかまいません。持ち寄っていただいたものは、
インスタレーションの一部となります。
【定員】
各日20名(先着順)
【申込方法】
京都芸術センター→http://www.kac.or.jp/bi/961
【講師略歴】
杉原信幸(すぎはら・のぶゆき)
1980年長野県生まれ。2007年東京藝術大学大学院絵画科油画専攻修了。
主な個展に「丸石座」(2008 恵比寿/site)、主なグループ展に「会津
・漆の芸術祭2011~東北へのエール~」(2011 喜多方/二十間蔵)他多数。
また自らの企画として「原始感覚美術祭 -Prayer in a lake-」(2011
長野/西丸震也記念館・木崎湖畔)などがある。
中村 大(なかむら・おおき)
1967年秋田県生まれ。1997年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期修了。
1997年より2002年まで國學院大學文学部助手。2003年より1年半、セインズベ
リー日本藝術研究所半田考古学フェローとして英国で研究を行う。専門は縄文
時代の考古学。現在、総合地球環境学研究所プロジェクト研究員、MIHO
MUSEUM客員研究員。
糺の森と京都芸術センターでレクチャーとワークショップを行います。
京都という都に眠る古層の記憶
縄文から脈々とつづく石の文化
その表層から秘された日本文化の根を
京都という地で手探りしたいと思っています。
そして3月11日という日に
京都でいったい何ができるのか、
その祈りの為の祭壇=サークルをつくるワークショップと
パフォーマンス=祭を行います。
この企画は長野の原始感覚美術祭、
青森のストーンサークルフェスティバルと
わざわざ京都から駆けつけてくれた、
考古マニアの稀らしい学芸員、
奥脇さんと温めてきた企画です。
ぜひ、
この稀有の時に京都芸術センターへお越しください。

むすんで、ひらいて~新・芸術体験プログラム~ vol.2「原始感覚と出会う」
「むすんで、ひらいて」は芸術家と芸術以外の分野の専門家が、
共通するテーマを元に、ワークショップやレクチャーを行うプログラム。
今回は「原始感覚と出会う」をテーマに、現代美術家・杉原信幸の作品と、
考古学者・中村大の仕事を紹介します。
レクチャーとワークショップで杉原の作品と考古学はむすばれ、参加者は
「原始感覚」を通じた、従来とは異なる芸術作品全体の見方をひらくこと
ができるでしょう。
「原始感覚」で始まる、新しい芸術の楽しみ方を見つけてみませんか。
《「原始感覚」と出会う》
今回紹介するアーティストは主に自然物を用いたインスタレーション作品
を手がける現代美術家・杉原信幸。彼が主張する「原始感覚」とは、現代
人が失ったかにみえる「野生の感覚・自然とともに生きる術」を指します。
石を置き、植物を編み、粘土を素焼きにしてできる、杉原の作品は、土地
やそこに住む人にひそむ古い記憶をひらきます。杉原は時にシャーマンの
ように人と自然の仲立ちしながら、人びとの感性を更新し、新鮮なものと
します。
一方、中村大は古代人の場所やモノに対する価値観やイメージを、GIS
(地理情報システム)などの手法を用いて解明しようと試みる考古学者です。
古代の資源利用、精神生活のあり方について、科学的手法から迫る中村の仕
事は、学術の立場から過去の暮らしや文化を、現代に役立てようとするもの
といえます。
【レクチャー編】
下鴨神社「研修道場」にて杉原・中村によるレクチャーを行います。杉原は
自身の作品と「原始感覚」について語り、中村は関西圏の祭祀遺跡と京都の
関係、原始の自然崇拝などを紹介します。同時に境内にある「糺の森」で、
11日のワークショップで用いるための小石、枯れ枝などの材料を集めます。
○日時:3月4日(日)14:00−16:00
○会場:下鴨神社「研修道場」・「糺の森」 ※研修道場前にご集合ください。
○講師:中村 大(考古学者/総合地球環境学研究所プロジェクト研究員)
杉原信幸 (現代美術家)
○料金:無料 ※暖かい服装でお越しください。
【ワークショップ編】
杉原と参加者で、原始感覚をもとにした作品作りを体験できるワークショップを
行います。参加者は持ち寄った自然物等を元に自分だけの祭壇状のサークルをつ
くり、それらを繋げて大きなサークルをつくります。本ワークショップは、原始
時代の京都と現代の人々の記憶をつなぐ祈りの場となることでしょう。
○日時:3月11日(日)13:00-17:00
○会場:京都芸術センター内
○講師:杉原信幸
○料金:500円
※好きな石、小枝などをお持ちください。思い入れのあるものでしたら、
布や糸などのものでもかまいません。持ち寄っていただいたものは、
インスタレーションの一部となります。
【定員】
各日20名(先着順)
【申込方法】
京都芸術センター→http://www.kac.or.jp/bi/961
【講師略歴】
杉原信幸(すぎはら・のぶゆき)
1980年長野県生まれ。2007年東京藝術大学大学院絵画科油画専攻修了。
主な個展に「丸石座」(2008 恵比寿/site)、主なグループ展に「会津
・漆の芸術祭2011~東北へのエール~」(2011 喜多方/二十間蔵)他多数。
また自らの企画として「原始感覚美術祭 -Prayer in a lake-」(2011
長野/西丸震也記念館・木崎湖畔)などがある。
中村 大(なかむら・おおき)
1967年秋田県生まれ。1997年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期修了。
1997年より2002年まで國學院大學文学部助手。2003年より1年半、セインズベ
リー日本藝術研究所半田考古学フェローとして英国で研究を行う。専門は縄文
時代の考古学。現在、総合地球環境学研究所プロジェクト研究員、MIHO
MUSEUM客員研究員。







